174 機械の腕10――「聞かれると困るような内容なのか?」
「分かった」
俺は窓口の職員に笑いかける。
『セラフ、その場に居合わせただけで可能か?』
俺はセラフにオフィスのマスターを乗っ取ることが出来るか確認する。
『可能だと思うの? 少し考えれば分かるのにそんなことを聞くなんて馬鹿なの?』
難しいか。
まぁ、そうだろうな。
仕方ない。
「競売のルールを教えてくれ」
窓口の職員にオークションのルールを確認する。
そして、教えて貰って分かった内容は――
大オークションは、だいたい月に一回程度の間隔で開催される。
参加には一万コイルが必要。ただし、その一万コイルはオークションが終わった後に返して貰える。
前日に出品されるアイテムが公開される。目玉商品にはそれと分かるように印がつけられている。この時にスタート金額も分かるようになっている。
スタート金額の十分の一を一口として入札が出来る。例としてスタート金額が10,000コイルなら11,000コイルや20,000コイルなどの入札は可能。10,001や11,001などの入札は出来ない。
小オークションは大オークションを行っている日以外の毎日開催される。時間は20:00から22:00の間。
誰でも出品が出来て大オークションのような特別なルールは存在しない。例えば1コイルからの入札でも可能。
出品者の持ち時間は一人五分。あまりに変なものを出品して時間を無駄にするようなことをすれば顰蹙を買い、大変なことになる。大変というくらいだから、とても大変な目に遭うのだろう。
だいたいこんなところだろうか。
『クルマは無理だとしても、それに近い目玉を狙うべきかもしれないな』
メインがスピードマスターの真っ赤なクルマだとすると、それを落札しようと考え、他の商品に入札を控える……なんてこともあるだろう。運がよければ少ない金額でクルマ以外の目玉商品を落札出来るかもしれない。
『ふふん、クルマの出品が最後とは限らないでしょ』
……。
確かにその通りだ。
俺は一番の目玉商品は最後を飾るものだと勝手に思い込んでいたが、そうではない場合もあるか。確かにその方が……お金を使わせると考えればアリかもしれない。
どちらにせよ、前日の発表待ちか。
となると――オークションで戦う為の資金は多ければ多いほど良いだろう。
『ちなみにだが、俺とお前が協力してアクシード四天王のコックローチとやらに勝負を挑み、勝てると思うか?』
『少し待ちなさい』
『分かっ……』
『無理ね』
俺が返事をするよりも早くセラフの言葉が頭の中に響く。
『早かったな』
『情報を集めたけれど、足りないものが多すぎるもの』
足りない、か。
『一対一の格闘戦に持ち込めたらどうだ?』
『自惚れているの? 馬鹿なの? お前の左腕が万全だったとしても勝てないから』
俺は頭の中で口笛を吹く。
勝てない。
勝てない、か!
『お前の、何処でどうやって得たか分からない、その謎の武術を低く見てではないから。お前の今までの戦闘、その動きを見させて貰った上での判断だから。勘違いしないで』
なるほど。
なるほどな。
『相手は大柄、お前とアレでは言葉通り、大人と子どもの体格差ね。その意味、分かるでしょ』
リーチ、か。
リーチの差というのは戦いにおいて覆すのが難しい天賦の才だろう。確かに苦労しそうだ。だが、手がない訳ではない。
『お前が武術の熟練者だとしたら、アレは師範代、達人クラスね。まだ銃火器で戦いを挑んだ方が勝負になるから』
セラフは随分とコックローチを買っているようだ。
なるほどな。
……。
……。
……。
ふぅ。
落ち着け。
ここは無理するような場面ではない。売り言葉に買い言葉、無理して戦いを挑んで、それで敗れてしまっては意味が無い。死ねば終わりだ。次のチャンスなどという甘いものは――無い。
戦いを挑むなら、左腕を手に入れ、馴染ませ、万全の状態になってからだ。
『ちなみに今のドラゴンベインなら勝率は何パーセントくらいだ?』
『0でしょ』
皆無、か。
クルマでは勝てないか。
『分かった。無理はしないことにする』
俺は脳内でのセラフとの会話を終え、ガスマスクの男のところに戻る。
「首輪付き、あんたの用件は終わったのかよ」
「ああ。ところで……」
俺はガスマスクの男に聞く。
「なんだよ?」
「アテがあると言っていたよな?」
「あ、ああ……ああん?」
ガスマスクの男が首を傾げている。
「それは賞金首を狙うとか、そういった類のものか?」
俺の言葉を聞き、ガスマスクの男は俺が何を言いたいか理解したようだ。
「首輪付きはよ、泊まるところは決まっているか? 決まっていないならお勧めを紹介するぜ。こっちの話が終わるまで少し待っててくれよ」
俺はガスマスクの男に頷きを返す。
しばらくして窓口での用件を終えたガスマスクの男が戻ってくる。
「さあ、行こうぜ」
そのまま宿を取り、部屋に入る。
「ここなら誰にも聞かれないだろうよ」
「聞かれると困るような内容なのか?」
ガスマスクの男が頷く。
『セラフ』
『盗聴器の類は無いようね。それはこの男も分かっている……のかしら? ねぇ、それはそれとして最近、私を便利に使いすぎだと思うのだけど、馬鹿にしているの? 馬鹿なの?』
「それで?」
俺はとりあえずセラフを無視した。
「ああ。首輪付き、クロウズに最近流れている噂でよ、こういうものを聞いたことが無いか?」
「なんだ?」
「全身がコイルに包まれたマシーンだよ」
ガスマスクの男が口にしたのは、とても馬鹿馬鹿しい話だった。