173 機械の腕09――『なぁ、俺は何故、いきなりここまで言われているんだ?』
ガスマスクの男が窓口に向かう。ガスマスクの男は何が楽しいのか、くるくると回りながら何も無い虚空へと指さしを繰り返しながら歩いている。
「本日はどういったご用件ですか?」
「ヨロイの修理の見積もりをさ、頼みたい。それプラス、一週間くらい置き場をレンタルしたい。なぁ、コイルはどれくらい残っているよ?」
「かしこまりました。少々お待ちください。ポンポンっと。コイルの残高はこれだけですね。見積もりのヨロイは……表にあるものですね?」
窓口の職員が人間味の無い整った顔で微笑み、ガスマスクの男に何かを見せている。それを見たガスマスクの男が小さく唸る。
「残高、これだけ、だと……あ、ああ、見積もりを頼むさ」
「では、表のヨロイの見積もりを出しますので、少々お待ちください」
ガスマスクの男は窓口の職員に手を振り、俺の方へと戻って来る。
「首輪付き、待たせた」
俺は首を横に振る。
「それで?」
「コイルの残高がやべぇ」
ガスマスクの男はそう呟きながら俺の方へと単二の乾電池を一本だけ放り投げる。
「これは?」
一千コイル。これが報酬なのだろうか。ヨロイを運んだだけで貰える金額としては妥当なのかもしれないが、命の代価としては微妙としか言えない金額だ。
「待て待て待て、勘違いするなよ。それは利子……みたいなもんだよ。思っていたよりもコイルの残高がヤバくてよ、元々考えていた報酬の一万コイルに追加で一万出す。少し待ってくれよ」
二万コイルの報酬か。まぁ、そんなものかもしれない。悪くはないだろう。
「アテは?」
「アテはある。首輪付きの目的はオークションだろ?」
俺は肩を竦める。
「それ以外の目的でここに来る奴なんてよー。次のオークションは……まだ先のはずだぜ。それまでにコイルは作っておくさ」
「逃げないという保証は?」
ガスマスクの男が楽しそうに腹を抱えて笑う。
「確かにその通り、保証が必要だ。オフィスを経由して契約しておくさ。期間は……二週間にしてもいいよな?」
ガスマスクの男の提案。
『オフィスを経由しての契約?』
『オフィスが取り立てを代行するサービスのようね。ふーん』
『そりゃあ、怖い』
世界を支配している組織が取り立てに来る、これほど怖いことがあるだろうか。信用しても良いだろう。もともと、報酬の交渉すらしていなかった話だ。これで問題無いだろう。
「構わないさ」
「助かるぜ。しばらく俺はここの置き場に引き籠もるからよ、修理技術を教えるって報酬はそっちに来てくれよ」
「置き場?」
俺の呟きにガスマスクの男が反応する。
「知らないのかよ……あー、首輪付きが新人だってことを忘れていたぜ。オフィスが提供しているヨロイやクルマの置き場のことだよ。場所代はかかるけどよ、盗まれる心配がないって場所さ。場所代は取られるけどよ、場所代は!」
「何故、二回言った?」
「オフィスの連中のがめつさに敬意を払ってさ!」
俺は肩を竦める。
俺は俺の用事を終わらせよう。
俺は修理の見積もり待ちのガスマスクの男を置いて窓口に向かう。
「聞きたい」
「はい、どういったご用件でしょうか?」
窓口の職員があざとく、微笑みながらこてんと首を傾げる。
「次のオークションの開催時期は?」
「もしかしてクルマが目当てですか? 駄目ですよ、コツコツ地道が一番です。知っていますか? 前回、クルマがオークションに出品された時の落札価格は五百万コイルです。一万、二万ではないんですよ。焦る気持ちも分かりますけど、コツコツ地道が一番です」
窓口の職員の言葉を聞き、思わず声が出なくなる。
『なぁ、俺は何故、いきなりここまで言われているんだ?』
『好感度が足りないんでしょ』
ため息が出そうになるが、ぐっとこらえる。にしても、五百万コイルか。ちょうどアクシード四天王の最高額と同じか。狙ったかのような金額だが、オークションだ。今回も同じ金額で落札が出来るとは限らない。アクシード四天王とやらを倒せたとしても落札するのは無理だろうな。
それはそれとして、だ。
「駆け出しは卒業していると思うが?」
俺は窓口の職員にクロウズのタグを見せる。オフィス職員が俺のタグから情報を読み取る。
「あら、ごめんなさい。だって、ちっとも強そうに見えなくて」
オフィス職員はニコニコと微笑んでいる。
『随分な扱いだな』
『西部で戦うにはまだ早いって思われているんでしょ』
少しは戦えると思っていたが、まだまだそんな扱いらしい。
「それでオークションの開催時期は?」
「言われているオークションがオフィスの運営しているものですと……通称大オークションですね。そちらですと、今からちょうど一週間後です。一般に開放している小オークションなら毎日でも開催しています」
大オークションと小オークションか。買うつもりは無いが、クルマが出品されるのは大オークションの方だろう。俺が狙っているのは機械の腕だ。そちらは小オークションとやらでも手に入るかもしれない。後で見に行ってみよう。
「ちなみに、ここのマスターとはどうやったら会える?」
「駆け出しのクロウズがマスターに会うのは無理ですよ」
窓口の職員はニコニコと微笑んでいる。あえて駆け出しという言葉を使ってくれたようだ。
「そうか」
思わずため息が出そうになる。
「あー、でもですよ。大オークションはオフィスの運営です。目玉商品やそれに近いものならマスターが直接権利の手渡しをしてくれますよ。それなら出会えるでしょうね」
窓口の職員はニコニコと微笑んでいる。
なるほど。
無理だと思われているようだ。