171 機械の腕07――『やれやれ、やられたな。さすがは最速』
ドラゴンベインを走らせる。
もうもうと崩落の煙をたなびかせた建物の奥から機械の足が現れる。機械の足がコンクリートの建物を踏み潰し、砕き、破壊する。
それは砲塔に六本の機械の足がくっついた蜘蛛のようなマシーンだった。大きさはドラゴンベインよりも一回り大きいくらいだろうか?
『こいつは……』
ガスマスクの男がドラゴンベインの砲塔をコツンコツンと叩く。
「首輪付き、聞こえているよな? 俺の仇を討ってくれよ」
ガスマスクの男はそう言うと砲塔の後ろにある牽引用のロープを外し、ドラゴンベインから飛び降りる。
そして、ヨロイを牽引から外したガスマスクの男は――得意気に親指を立てる。ガスマスク越しには目しか見えないが笑っているのだろう。
「まだ報酬を貰っていない。そこで待っていろ」
外のガスマスクの男には聞こえていないだろうが、構わず呟き、俺は口の端を持ち上げる。
『あれがガスマスクの男のヨロイを破壊したマシーンか』
蜘蛛のようなマシーンを追いかけ、ドラゴンベインを走らせる。
『ふふん、オフィスからの情報では名称はヘキサトーンとなっているようね。賞金額は四万コイル』
四万?
『多いが少ないな』
今までの賞金首と比べれば多い方だろう。だが、ドラゴンフライやガロウの賞金を貰い、ミメラスプレンデンスの賞金額を聞いた後では少し物足りない。
『ふふん、アレの賞金額が増えるのはこれからでしょ。町が破壊されるまで待てばもう少しは増えるでしょ』
俺はセラフの言葉を聞いて肩を竦める。
『四万コイルでも充分だ』
ドラゴンベインが蜘蛛やろうに追いつくよりも先に、街の建物から武装した集団が現れる。武装集団が蜘蛛やろうを取り囲む。
『街に武力が無い……なんて訳がないか。それともあいつらはここに偶然居合わせたクロウズたちか?』
『ふふん、関係ないから。ノアマテリアル弾を使えばいいでしょ。あの程度なら一撃で倒せるから』
セラフは物騒なことを言っている。
ノアマテリアル弾、か。四万コイルの賞金首のために一万コイルの弾を使うのはどうなのだろうか。確かにノアマテリアル弾ならこの距離からでも届くだろう。そして倒せるのだろう。
……。
しかし、それはどうだ? こいつはただ特殊弾が撃ちたいだけではないだろうか。
武装した集団が手に持った武器――アサルトライフルや小型のミサイルランチャーなどで攻撃をしている。だが、その攻撃の殆どが蜘蛛やろうのシールドによって防がれていた。
これがあるからマシーン連中の相手は厄介だ。
『ふふん』
セラフは馬鹿にするように笑っている。こちらにも同じ技術――シールドの恩恵があるのだから、条件は同じだと言いたいのかもしれない。
蜘蛛やろうの砲塔が旋回し、武装した集団へと狙いを定める。そして、その主砲が放たれる。たった、その一撃で武装した集団が吹き飛んでいた。中にはシールドを張り耐えているものも居るようだが、次は耐えられないだろう。
……大型のマシーンを相手にするのならクルマかヨロイは必須のようだ。
『生身の限界か』
『ふふん、あの程度で大型とか。戦艦クラスを見たら失神でもするのかしら』
『生身で戦艦と戦うとか考えたくないな』
俺は肩を竦め、主砲の射程距離内までドラゴンベインを走らせる。
蜘蛛やろうはこちらに気付いていない。武装した集団と建物を壊すことに夢中だ。
俺は狙いを定める。そして引き金を引こうとした時だった。
暴れ回っていた蜘蛛やろうが何か強い衝撃を受け、次の瞬間には、そのボディに大穴を開けていた。
奴のシールドを貫通した?
蜘蛛やろうがバチバチと火花を飛ばし、崩れるように動きを止める。
倒された?
一撃?
これから俺が倒そうとしたところでかっ攫われた、だと。
『お前がノアマテリアル弾の使用をケチるから!』
頭の中でセラフがうんざりするほどの音量で騒いでいる。
コンクリートの建物の影からキュルキュルと無限軌道を動かす音を立て、真っ赤な戦車が現れる。
見覚えのある戦車だ。
見覚えしかない戦車だ。
スピードマスター。レイクタウン最速のクロウズ。
奴もこのハルカナの街に来ていたようだ。
『やれやれ、やられたな。さすがは最速』
『……そうかしら?』
セラフの声は不愉快そうに歪んでいる。先を越されたことを怒っているのかもしれない。
俺は真っ赤なスピードマスターに挨拶をしようとドラゴンベインを走らせ、近寄る。
真っ赤な戦車のハッチが開く。そして、そこから男が現れる。
それは見覚えのない男だった。ターバンをした胡散臭い男、そんな男がスピードマスターの真っ赤な戦車から顔を覗かせている。
誰、だ?
そして、その男が口を開く。
「皆さん! 如何ですかなー! これが、今回のオークションの目玉、かの東部最強の男が使っていたクルマですぞー。その破壊力、ご覧になりましたかなー。これが手に入るのは今だけ、今だけですぞー」
ターバンの男が胡散臭い笑みを張り付かせ、自身が乗っている戦車のアピールをしている。
……どういうことだ?
スピードマスターは戦車を売りに出したのか? 俺が見た時は自分のクルマにかなりの愛着を持っていたように見えたが、何かあったのだろうか?
「目玉、目玉ですぞー。コイルがあれば、憧れのクルマ持ちになれますぞー」
ターバンの男は喋り続けている。
少し話を聞いた方が良さそうだ。