170 機械の腕06――『幸先が良すぎて涙が出そうだな』
残骸のような姿になっているガスマスクの男のヨロイに肩をあて、タックルするように押しドラゴンベインへと近付ける。そして、ドラゴンベインの後方に取り付けられた牽引用の紐をそのヨロイに結びつける。引き摺りながら運ぶことになるだろうが、これは仕方ない。
ガスマスクの男はドラゴンベインの砲塔に座り、何が楽しいのか口笛を吹いている。
「お前のヨロイだろう? 少しは手伝ったらどうだ」
「俺は力仕事が苦手でさ、こうやって応援しているのさ」
ガスマスクの男は俺を応援するように様々な口笛を吹いている。
「俺は片腕なんだがな」
「ひゅー、とーっても器用だと思うさ」
目しか見えないガスマスク越しでは、男の表情が読めない。何を考えているのか読めない。
「そうか。それはありがとうだな」
俺は肩を竦める。
ガスマスクの男のヨロイをドラゴンベインに結びつけ終えた俺はドラゴンベインに飛び乗りハッチに手をかける。
「揺れるだろうが落ちるなよ」
「お? 中に入れてくれないのかよ」
ハッチから中に入り、顔だけ覗かせる。
「俺はまだそこまでお前を信用していないからな」
ガスマスクの男が口笛を吹く。
「砲塔は旋回させないでくれよ」
「戦闘にならなければな」
俺は手を振り、ハッチを閉める。
『ふふん』
セラフの笑い声が頭の中に響く。
『何が言いたい?』
『随分と甘い』
『報酬を貰うのだから構わないだろう』
『ふふん、その報酬の交渉もしなかったのに?』
セラフのこちらを馬鹿にしたような声が頭の中に響く。
『報酬が少なければ奴の命にそれだけの価値しかなかったってことだろうさ』
『この命が軽い世界で随分とのんきな言葉。お前みたいなお馬鹿にはお似合いね』
俺は肩を竦める。
セラフに人の命のことを言われるとは思わなかった。
しばらく海岸沿いを走り、そこから内陸へと延びた道を進む。と、そこでガスマスクの男にドラゴンベインの砲塔をコツンコツンと叩かれた。
「気付いているか?」
ガスマスクの男には見えないだろうが、俺は頷く。
こちらを追いかけている集団がある。
俺はドラゴンベインのモニターに映し出された映像を拡大し、その集団を確認する。
「多分、野良犬だぞ。どうするよ?」
ガスマスクの男が呟いている。
それは銃を背負った犬の集団だった。
『ビーストか。バンディットたちではなかったな』
『ふふん。この距離なら主砲で一撃でしょ』
俺は首を横に振る。
後方へと主砲を旋回させるとガスマスクの男を振り落としてしまうだろう。
『主砲は無しだ』
俺はHi-FREEZERを動かす。射程距離は短いが、生物相手ならこれで充分だろう。
「あ! 飛びかかられるぞ、首輪付き、見えてないのかよ」
ガラガラと音を立てて引き摺っているヨロイが面白いのか野良犬たちがじゃれつくように飛びかかっている。
射程距離内だ。
引き金を引く。
Hi-FREEZERから生まれた冷気がヨロイの残骸に飛びかかっていた野良犬へと襲いかかる。野良犬たちが痺れたように動きを止め、氷と血を吐き出しながら痙攣している。生き残った野良犬も走った勢いのまま凍り付き、カチカチに固まって地面へと転がっていた。
「首輪付き、終わってないぞ!」
ガスマスクの男が叫ぶ。
凍り付いた野良犬たち、その後ろから一回り大きな犬が現れる。
俺はもう一度引き金を引く。
その犬はHi-FREEZERから生まれた冷気を受けてもものともしない。生まれた冷気をかいくぐり、氷を砕き、突き進む。肺の中へと入り込んだ冷気すら無効化しているようだ。
『群のボスのようだな』
『ふふん、どうするつもり?』
さっそく冷気の効かないビーストが現れたか。
ボス犬がその背に載せた銃を撃つ。
「撃ってきたぞ!」
ボス犬の銃撃はドラゴンベインのシールドが防いでいる。大した攻撃ではない。
俺はドラゴンベインを停車させ、ハッチに手をかける。
『行ってくる』
『はいはい』
ドラゴンベインの操作はセラフに任せよう。
俺はナイフを片手にドラゴンベインから飛び降りる。
「首輪付き、何をしてる。何をするつもりだよ」
「ちょっとしたリハビリだ」
片腕でナイフを構える。
こちらに追いついたボス犬が威嚇するように唸り、距離をとって、俺の前を往復する。相手との距離は五メートルも無いか。
さて。
ボス犬が背負った銃を俺に向け、撃つ。俺は飛び出す。射線から体を逸らし、銃弾を躱す。その勢いのままボス犬へとナイフを振るう。だが、ボス犬はその攻撃を待ち構えていたかのようにこちらへと牙を光らせ飛びかかってきていた。
俺はとっさに左腕でその一撃を逸らそうとして――その腕が無いことを思い出す。振るおうとしていたナイフを止め、上体を反らすようにボス犬の攻撃を躱す。
『習慣というのは……無意識に働いて駄目だな』
『意識していないから無意識なんでしょ。馬鹿なの?』
『ごもっともで』
もう一度ナイフを構え直す。
息を吐き、ボス犬を見る。動きを見極める。
ボス犬はうぅうぅと唸り続け、俺の隙が生まれるのを待っている。
「加勢するぜ」
ガスマスクの男が何処からとりだしたのかスパナを片手にドラゴンベインから飛び降りていた。
「手助けは……」
俺がガスマスクの男に言葉をかけようとした、その瞬間を狙われる。
ボス犬が飛びかかってくる。
隙を突かれた?
違う、俺は狙っていた。
「……不要だ」
俺はナイフを振るう。
飛びかかろうとしていたボス犬の口を裂き、そのまま抜ける。
「あ? って、楽勝かよ」
「リハビリだって言っただろう」
俺の言葉を聞いたガスマスクの男が肩を竦めていた。
野良犬の集団との戦闘を終え、しばらく走り続けると巨大な塔のような建物が見えてきた。どうやらハルカナの街に着いたようだ。
「監視塔だぜ」
やがていくつものコンクリート製の建物が並ぶ街並みも見えてくる。だが、その建物からは白い煙が立ち上っていた。
「工場か何かなのか?」
俺はハッチから顔だけだしガスマスクの男に話しかける。
「馬鹿、あれは戦闘だ。襲われているぜ」
見えてきたハルカナの街は何者かに襲撃されているようだ。
『幸先が良すぎて涙が出そうだな』
『最悪でしょ』
『そうだな』
俺は肩を竦め、ドラゴンベインの中に戻る。
いきなり戦闘になりそうだ。
2021年5月10日修正
その腕が無いこと思い出す → その腕が無いことを思い出す
2021年12月19日修正
銃口から射線を逸らし、銃弾を躱しボス犬へとナイフを → 射線から体を逸らし、銃弾を躱す。その勢いのままボス犬へとナイフを