017 プロローグ14
「では、急いで施設に向かいなさい」
「ああ。向かうさ」
端末の声に応え、植物園を目指す。
「あの植物園で生きている植物に襲われた。あれは何だ?」
「……破棄した失敗作です」
失敗作? この施設は何を作ろうとしていたのだろうか。
「施設に侵入しようとする賊を追い払うのには役立っています」
ん?
施設に侵入しようとする?
あの蠢く植物に絡まっていた骨は、その賊なのか? そういえば絡まっていた武器はまだ使えそうなほど新しかった。
となると……?
「湖の向こうに人は居る? それはどれくらいの頻度でこの島に渡ってくる?」
端末からの返事はない。
答えたくない質問だったのだろうか。
「教えてくれ。自分以外にも人は生き残っているのか?」
「……判断に困る難しい質問です。人類種という意味なら保護されています」
人は生き残っているのか。良かった。
だが、少し気になる言い方だな。保護されている? それは何に保護されているんだ? そして、人類種という呼び方。まるで自分が人類ではないかのような言葉だ。この端末の先に居る――施設に囚われている存在は宇宙人か何かなのだろうか。地下にある施設だから地底人という可能性も捨てきれない。
「ところで、その破棄した失敗作とやらはどう切り抜けるつもりだ? 存在を知っているくらいだから何か方法があるのだろう? 命令できる……とかだろうか?」
もうすぐ植物園だ。
火は消えていた。至る所に黒く焦げた燃えかすが残っている。だが、未だ蠢く植物は生き残っているようだ。まだ少し距離があるここからでも地中が蠢き盛り上がっているのが見えた。
「対象の半径10メートル圏内に360ほどとどまり続けなさい」
敵の懐に入り込む? 地中に埋まっている何処から襲いかかってくるか分からない蠢く触手を躱して? しかも六分間も?
「それは必要か?」
「休止状態だった時ならいざ知らず活動状態です。あなたの力では破棄されたプルヌスアルヴァインを無視して施設に戻るのは難しいでしょう。あれが施設に入り込まれても困ります。ここで排除しなさい」
プルヌスアルヴァイン? あの蠢く植物の名前か。名前はどうでも良いが、どうしてもやらないと駄目なようだ。
「排除?」
「耐えれば可能です」
「耐えるのか。その方が、難易度は高いように思える。無視して施設に入るようなルートはないのか?」
「あれば説明していると想像出来ませんか?」
端末はこちらに想像力が足りないと言いたいようだ。
「……覚醒させれば360程度の短時間を耐えるくらい容易いと思いますが、何か問題がありますか?」
問題しか無いと思う。
「覚醒とは何だ?」
「あなたの名前の由来になっている複合された因子の呼び覚ましです。自力での発動が難しいのですか?」
ん?
名前?
「待て、名前とはどういうことだ?」
あの棺にあったプレートのことか? たしか……ガム?
それに、だ。自力での発動? あの物語に出てくるような人狼の姿に変わることか? 確かにあの姿ならば六分間耐えることくらい容易いことかもしれない。だが、発動のさせ方なんて分からない。あの時は死にかけたら発動した。自分の意思で発動させることが出来るのか?
……。
「発動方法は?」
端末は答えない。先ほどの質問も無視だ。コイツは都合が悪くなるとすぐに無視するようだ。
仕方ない、とりあえず頭の片隅に残しておこう。
今はこの手斧で何とか頑張ってみるか。鋭い刃がついたこの武器なら警棒よりはマシなはずだ。この端末に命を預けるのは不安でしかないが、とにかく六分間耐えてみよう。
さて、頑張ってみるか。
火が消え灰の残る植物園に踏み込む。施設の入り口を目指し、周囲を警戒しながら灰を踏みしめていく。
!
蠢く気配。とっさに飛び退く。そこを狙うように黒い触手が蠢く。槍のような一撃。だが、動きに火災の前の時のような軽快さがない。見れば触手のところどころが黒く炭化している。火に包まれ燃えたことで随分と弱体化しているようだ。
これなら行けるッ!
蠢く黒い触手に手斧を叩きつける。手斧が黒い触手に食い込む。硬い。炭化していてこれか。
黒い触手を蹴り、その勢いで手斧を引き抜く。そして舞わる。軸をずらし、回転する。その勢いのまま手斧を叩きつける。黒い触手を切断する。
このまま一気に懐まで飛び込むッ!
走る。
地面を割り、次々と触手が現れる。
走る。
端末を口に咥え、右手に手斧、左手に警棒を持つ。迫る触手を警棒で打ち払い、薙ぎ払われる触手は身を屈めて躱し、走り、手斧を叩きつけて切断し、走る。流れるように動き、触手を切り、抜ける。
走れば走るほど、流れれば流れるほどこちらの勢いは増していく。
こちらを絡め取ろうとした触手に警棒を叩きつける。その警棒に触手が巻き付く。すぐに警棒を手放し手斧を叩きつける。
足元を薙ぎ払うように触手が蠢く。蹴り飛ばし、飛び上がる。こちらを掴まえるように蠢く触手に手斧を叩きつけ着地する。
走る。
そこで見つける。触手に絡まっている自動小銃。ここの施設に侵入しようとした賊が持っていたものなのだろう。自動小銃の近くに挟まっていた骨に軽く黙祷しながら手斧で触手を切り裂き、自動小銃を取り出す。
マガジンは? 弾は……残っている。触手に絡まっていたからか火の中でも壊れなかったようだ。
ロックが解除されたままになっている自動小銃を左手で握り、撃つ。あまり効果はないようだが牽制くらいにはなる。
自動小銃を乱射しながら走る。
そして、触手の本体である桜のような木の根元まで辿り着く。口に咥えていた端末を吐き出し手に持つ。
「辿り着いたぞ」
「……綺麗に扱いなさい」
返事に少しだけ間があったな。何か考えていたのだろうか?
「俺の口が汚いみたいに言わないでくれ。それでどうするんだ?」
「最初に言ったように耐えなさい。それすら忘れたのですか?」
「分かった」
ここからが本番か。
とりあえず、この桜もどきを排除。そして、安全安心になったら施設に突入、か。
やれやれだ。




