169 機械の腕05――「それは運が良いな」
「ひーはー、来たぞ来たぞ来たぞぉぉぉー」
「皆の者、一斉にかかれー」
「ぐじゃ、ぐじゃ、ぐじゃ」
ドラゴンベインのモニターにはこちらを追いかけるバンディットたちが映し出されていた。
『またこれか!』
またバンディットたちだ。
『ふふん、新しい武器の試射にはちょうど良いでしょ』
確かにな。だが、いくらクルマ持ちが狙われやすいといっても、こうも、こうも、襲われるとうんざりしてくる。
『こんな少し何処かに向かうだけで襲われていたら、まともに生活なんて出来ないだろう』
『ふふん、だから出来てないでしょ』
セラフは何を当たり前のことをという感じで俺の頭の中に声を響かせていた。
出来ていない?
『なるほどな』
街の外に出ればすぐにバンディットたちに襲われ、人を餌にしか思っていないビーストや人を粛正することを命令されたマシーンたちが徘徊している。
そう、生きていける訳が無い。
だから、人々は街の中でだけ生活する。
何処か行くにもクロウズに護衛して貰う。
そういうことか。
だからクロウズという狂人たちが生まれ、オフィスという組織が必要とされる。
『それはそれとして、分かった。充分に理解した』
『なら分かるでしょ』
『はいはい、そうだな。新しい武器を試してみよう』
ドラゴンベインの主砲の横に取り付けられた蛇のように細長い銃身を持った機関銃サイズの武器を動かす。
こちらを追いかけているバンディットたちを狙い引き金を引く。
細長い銃身から冷気が生まれる。大気中の水分を凍らせ、バンディットたちを輝かせる。こちらを追いかけていたバンディットの動きが止まる。大きく咳き込み、口から血と一緒に氷の粒を吐き出す。肺の中まで凍ったようだ。
バンディットたちが苦しみ、倒れ、転げ回る。もう助からないだろう。
『えげつない武器だな』
『普通の生物には有効でしょうね。でも、それだけ。マシーンには効果が薄いでしょうし、改造され強化されたようなビーストたちにも効かないでしょ。特殊弾も装填出来ない。良いところなんて主砲よりはパンドラの消費が少ないってことくらいじゃない。割と微妙な武器ね』
俺は随分とえげつない武器だと思ったが意外にもセラフの評価は低かった。銃火器オタクのセラフなら喜ぶと思ったのだが――いや、銃火器オタクだからこそ、こういう特殊な武器は好まないのかもしれない。
『それよりも、だ』
『何?』
この武器――Hi-FREEZERはガロウの討伐報酬としてオフィスが用意してくれたモノだ。新しい武器の実験台として、だろう。それはいい。
だが、だ。
『ガロウも冷気を……氷を操っていた』
魔法のようだが科学の力らしい。そこは、まあいい。だが――原理の分からない俺には断定出来ないが、ガロウとこの武器、同じ技術のようにしか思えない。
俺が倒したガロウの体は分解し消滅している。その死体から技術を奪うなんてことは出来なかったはずだ。
同じ時期に同じような技術の武器がオフィスから渡される。これを怪しまない方がどうかしている。
『ふふん』
セラフは何も答えず笑っている。それが答えだろう。
アクシードは俺が思っているよりもさらに厄介な連中かもしれない。
やれやれ。
俺は肩を竦めることしか出来ない。
バンディットたちとの戦闘を終え、ハルカナの街を目指し、西へ西へと道なりにドラゴンベインを走らせる。
右手に見えるのは海だ。潮風でドラゴンベインが錆びないか不安になってくる。
『ふふん、ハルカナの街に着いたら洗車でもして浮いた錆を落としたらいいでしょ』
俺は肩を竦める。
『ん?』
と、そこで俺は道の先に誰かが居るのを見つける。
誰だ?
残骸のようになった人型の機械の横でガスマスクの男が両手を交差させるように大きく手を振っていた。
バンディットではないようだ。
ガスマスクの男の前までドラゴンベインを走らせ、ハッチから外に出る。
ガスマスクをした男だ。ひょろっとして荒事が得意そうには見えない。
「よぉ、首輪付き」
ガスマスクの男が親しげに話しかけてくる。
「誰だ?」
俺の言葉を聞いたガスマスクの男が大げさにずっこけるような仕草をしている。
「覚えてねえのかよ。首輪付き、本当にお前は大物だよ」
「すまないな。で、どうしたんだ?」
ガスマスクの男が大きなため息を吐き出す。
「俺の相棒が故障したんだよ」
ガスマスクの男は人型の機械をコンコンと叩いている。どうやらマシーンの残骸ではなく、ガスマスクの男のヨロイだったようだ。
「それで?」
「最悪、オフィス連中に救難信号を出そうかと思ったけどよ、知ってるだろ? あいつらはコイルにがめついからさ、どれだけ毟られるか分かったものじゃねえよ。と、俺がどうしようかと迷っていたところに大型新人の首輪付き様の登場って訳さ」
「それで何があったんだ?」
「それでって、この状況でそれを言う?」
ガスマスクの男が大きくため息を吐き、肩を竦めている。
「お前のヨロイを残骸にしたような相手が、まだこの周辺に残っていたら大変だろう? 警戒するのは当然だ」
そうは言ったが俺は周囲に反応がないことを知っている。
『ふふん。お前はコイツ自身を警戒しているのかしら?』
『それもあるな……いや、あったな』
罠かと思ったが、どうも違うようだ。
「そいつなら、もう居ねえよ」
「倒したのか?」
ガスマスクの男は手を横に振る。
「逃げられた。いや、俺が逃げた、か。六本足の蜘蛛のようなマシーンだったが、ありゃあ賞金がかかっている類だろうぜ」
「それは運が良いな」
「ああ。俺は運が良い」
「で?」
「お前、本当に大物だよ。首輪付き、修理道具を持っていないか? 俺が持っていたものはヨロイと一緒にパァさ」
「修理道具?」
俺はガスマスクの男に聞き返す。随分と間抜けな顔で聞き返していたのかもしれない、ガスマスクの男が呆れたように顔に手をあて大きなため息を吐いていた。
「普通はクルマに載せてるものさ。砂漠のど真ん中でクルマが動かなくなってみろ、死ぬしかないだろ? って、お前、修理とか苦手な感じか? マジかよ」
「いや、どうだろうな」
ゲンじいさんのところでクルマの整備なら手伝っていた。簡単な修理くらいなら出来るだろう。
「なぁ、首輪付き、お前のクルマで俺と俺の相棒を安全な場所まで運んでくれないか?」
「それ……」
「おっと、おっとぉ! もちろんタダとは言わないさ。当たり前だろ。コイルは払う。プラス、俺の修理技術を教えるぜ。技術は貴重さ。どうだ? どうだ!」
ガスマスクの男が俺に喋らせないように言葉をかぶせてくる。先に条件を――報酬を提示したかったのだろう。
俺は肩を竦める。
「俺が向かっているのはハルカナの街だ。それで良ければ」
「さすが首輪付き、大物だな! 話が分かるぜ!」
ガスマスクの男は随分と調子が良い奴のようだ。