167 機械の腕03――『……それは桁が違う、な』
仮想の敵を想像してトレーニングを行う。
片腕で何処までやれるのか、戦えるのか、俺は見極めなければいけない。
目を閉じる。俺の想像によって生まれたぼやーとした影が、やがてはっきりとした輪郭を持っていく。
想像する。
銃を持った仮想の敵。
敵。
銃を持った敵が、こちらへとその銃口を向ける。俺は射線から外れるように身を屈め、突進する。敵の懐へと入り込み、右腕を曲げ、かち上げる。そのまま無防備な相手に右の回し蹴り、回した右足を軸としてさらに一回転、左の回し蹴り。敵を地面へと叩きつける。
終わりだ。
『ふふん、賞金が振り込まれたから』
次は……敵が三人ならどうだ?
三人の敵。
銃を持った三人が、こちらへとその銃口を向ける。一人に狙いを絞り、射線を逸らすように身を屈め、突進する。敵の懐に入り、まずはボディにキツい一撃をお見舞いする。
『はい、ボディアーマー、無効、お前の攻撃は無効!』
俺は攻撃が効いていないと理解し、次に動く。すぐに相手の背後へと回り込み、銃を持った腕に前から右腕を差し込み、その動きを封じたまま相手の首に手を回す。右腕一本ではどうしても不格好な形になるが、これは仕方ない。相手の動きを封じたまま首を締め上げる。残った二人がこちらへと銃口を向ける。そちらへと締め上げた敵ごと体を向け、そいつを敵からの銃弾から身を守る肉壁にする。
『はい、貫通。ばーん、貫通、銃弾が貫通した!』
ボディアーマーを貫通するほどの一撃だ。銃弾は俺の体も貫通する。痛みを無視し、そのまま肉壁を盾にしたまま突進する。頭、足など動きを止められる場所以外への攻撃は無視する。肉壁にしていた敵を相手にぶつけ、その一瞬の隙を突いて銃を持った腕を蹴り上げる。銃を奪い取り、残った一人を撃ち抜く。そのまま絡み合っている二人にもトドメを刺す。
終わりだ。
『賞金額は八万コイルになったから』
次は……化け物を想定するか。
ビースト。
巨大化したカマキリなんてどうだろうか。
人と同じ、いや、それよりも少し大きなカマキリ。それがこちらへと襲いかかってくる。
振り回す両腕の鎌を上半身の動きだけで回避する。一歩だけ右足をさげ、上体を反らす。そこから踏み込み、ステップするようにするすると攻撃を避け続ける。前進し、敵の懐へと入り込む。右腕を曲げ、飛び上がりながらカマキリの頭をかち上げる。かち上げたまま片腕でカマキリの頭に手を差し込み、ねじ切る。すぐに飛び降り、距離を取る。頭が無くなった状態でも狂ったように鎌を振り回すカマキリの懐に入り、鎌になった腕の根元を蹴り上げる。蹴りで動きを止める。蹴る。蹴り上げる。カマキリの腕を蹴り砕く。カマキリが羽を広げ飛び上がろうとしたところで、その背へと飛び乗り、羽を毟る。
……終わりだ。
『賞金額が八万コイル? 少なくないか? 確か二十五万コイルだったろう?』
『ふふん、それは全額が振り込まれた場合でしょ』
次は、巨大な蛇はどうだろう。
ガロウが変身したのと同じ巨大な蛇を想定する。
巨大な蛇の敵。
蛇が巨大な顎を開け、襲いかかってくる。俺はその牙を殴り潰す。が、そのまま大きな口に囚われてしまう。片腕一本で牙の一つを掴み、耐える。
……。
俺はそのまま押し潰され、飲み込まれた。
終わったな。
『全額? どういうことだ?』
『今回、ガロウの討伐者は三人……その頭割りになったってことでしょ』
巨大な蛇を片腕一本で倒すことは無理だ。アレは両方の腕が無事だった時でも勝てそうにない相手だった。片腕になった今、勝てるはずがない。現状では逃げる、クルマで戦う――その二つしか選択肢は無い、か。
『三人? 俺とルリリと……誰だ?』
『ふふん、もう一人居たでしょ』
あの場に居たもう一人――ミメラスプレンデンス、あの女か。
『内訳は?』
『トドメを刺したあれが十万、お前が八万、あの商団の女が七万』
俺が真ん中か。
『ふふん、これでも貰える額が多くなるよう調整したのだから感謝しなさい』
『ああ、感謝しよう。だが、一つ聞きたい。あの女はアクシード四天王の一人だと名乗っていた。賞金首だよな? そんな奴にも賞金が出るのか?』
『出るのは出るの、取りに来ることが出来るかどうかは別としてね』
『どういうことだ?』
『クロウズの資格を持たないものは賞金を受け取れない。お前も身に覚えがあるでしょ?』
俺は肩を竦める。
『で?』
『今回はオフィスも必死だったからか賞金を誰でも受け取れるものにした。そういうこと』
俺はもう一度肩を竦める。
それならもう少し賞金額を増やして欲しいものだ。
『分かった。だが、それはつまり――受け取ることは出来るけど、今の俺のように振り込みで受け取ることは出来ない。窓口まで行く必要があるということだよな?』
『ふふん、お前にしては良く理解しているじゃない』
俺は大きなため息を吐く。
賞金首が敵地のど真ん中まで賞金を受け取りに行く? そんな馬鹿な話があるか。つまり十万コイルは宙に浮いたままということだ。
……。
気持ちを切り替えよう。浮いたお金を手に入れる方法がない以上、気にしても仕方がない。
『あの女、ミメラスプレンデンスの賞金額は?』
アクシードの四天王を名乗る者に賞金がかかってない――なんてことがあるはずがないだろう。
『三百二十万コイルね』
『……それは桁が違う、な』
少し驚いた。
本当に桁が違う。
ゲンじいさんへの借金を返しても二百万コイル以上が余ることになる。
何をやればそんな賞金額になるのやら……。
「ガム君、ご飯だよー」
イリスの声が聞こえる。トレーニングはここまでだろう。
……。
残っていた三万コイルに賞金の八万コイル、か。
『一万コイルはゲンじいさんの借金の返済にしてくれ。残りの十万コイルで機械の腕を探す』
『ふふん、了解』
その日のご飯は蛇の蒲焼きだった。
仮想敵の蛇に丸呑みにされた復讐をするとしよう。