166 機械の腕02――『それはいずれ、な』
「ひーはー、クルマだ、クルマだぜ」
「お、おでのクルマ。おでのだー!」
「おでも、おでも奪う。奪取するのじゃ!」
様々な声が聞こえる。ドラゴンベインは律儀にも周囲の音を拾ってくれているようだ。
俺はモニターを見る。そこには、こちらを追いかける前と後ろに人が入っていそうなブリキの馬に跨がったバンディットたちが映し出されていた。二、三十人規模だろうか。無駄に多い。
右手で操作卓を動かし、操縦桿を握る。照準の動きと連動して砲塔が旋回する。照準を目標へと合わせ、操縦桿に取り付けられたレバーを握り込む。
主砲が火を噴く。マズルブレーキを前後させ噴煙をたなびかせる。その一撃がバンディットたちを吹き飛ばす。
巻き上がる砂と煙には真っ赤な血と肉で染まった汚い花火が混じっていた。
『あれは人なのか?』
『さあ?』
セラフのどうでも良さそうな声が頭の中に響く。
「あばばばば、ひで、ひで」
「死なばもろとろー、とろとろー、突っ込めー」
まだ何か叫んでいるバンディットの集団にもう一度、主砲の一撃を叩き込む。
ブリキのような馬はあっさりと砕け散り、バンディットたちが吹き飛ぶ。そこには二つ目の汚い花火が生まれていた。
「にげ、にげ、にげ」
「撤収、撤収、撤収じゃー」
バンディットたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
『本当に何処にでも現れるな』
『ふふん、この近くに野良バンディットの巣でもあるんでしょ』
セラフはなんでも無いことのようにそんなことを言っている。
『セラフ、野良じゃないバンディットなんて居るのか?』
『それは……何処かに居るでしょ。バンディット正規兵とかバンディットエリートとかメタルバンディットとか、そんな感じのが』
俺はセラフの本気なのか冗談なのか分からない言葉に肩を竦める。
『そいつは大変だな』
『ふふん、そろそろレイクタウンでしょ。操作に集中しなさい』
『はいはい、そうだな』
主砲操作用の操縦桿から手を離すと、それは自動的に壁へと収納された。俺は右手で操作卓を叩き、ドラゴンベインを走らせる。
思っていたよりもクルマの操作は簡単だった。まだまだとっさに反応することは難しいが、主砲を撃つ、走らせる――その程度なら問題ないだろう。
『なんとかなるものだな』
『ふふん、当然でしょ。誰でも操作出来るように演算制御装置が組み込まれているんだから。でも、ふふん、演算制御装置をオフにしても同じことが言えるかしら?』
俺は肩を竦める。
全て手動で動かす、か。
『それはいずれ、な』
クルマの操作を覚える必要はある。だが、まずは片腕になったことに慣れる必要があるだろう。まだ、なくなった左腕を使おうとして戸惑ってしまうことがある。
――腕が一本無くなったことで出来ることがかなり減ってしまった。このままでは満足に戦うことも出来ないだろう。
戦闘能力の低下は命に関わる。
俺は大きくため息を吐く。
レイクタウンに入り、そのままゲンじいさんのくず鉄置き場を目指す。
くず鉄置き場の適当な場所にドラゴンベインを止め、片腕でハッチを押し開ける。
「おかえりなさい」
俺のクルマが帰ってきたことに気付いていたのだろう、ゲンじいさんの孫娘のイリスがこちらへと、とてとて走ってくる。
「ああ、ただいま」
俺はドラゴンベインから飛び降りる。
「ゲンじいさんは?」
「おじいちゃんならすぐに来るよ。ガム君、ご飯の用意があるからまたね」
俺は頷きを返す。
イリスが去った後、俺はドラゴンベインに寄りかかり、無くした左腕を抱える。イリスは何も言わなかった――俺の左腕がなくなっていることに気付いただろうに何も言わなかった。
しばらくするとゲンじいさんがやって来た。
ゲンじいさんが俺を見て大きく目を見開く。
「どうやら激しい戦いがあったようだね」
俺は頷く。
「今まで戦った相手では一二を争う強敵だったよ」
ガロウには、なんとしても成し遂げるという狂気のような執念があった――アクシードで成り上がること。そして兄を生き返らせること。それがガロウを狂わせ、強くしていた。
今の俺にはそこまでの強い想いは……無い。一つ間違っていればガロウの執念に飲み込まれ敗れていたかもしれない。
……。
いや、全ては終わったことだな。
「それでどうするのかね? 高額になるが治療して再生するのか、それとも機械化するのか。そのままにはしないのだろう?」
俺はなくなった左腕を抱えたまま考える。
治療か機械化か。
『ふふん。再生するのは無理でしょ』
俺の思考にセラフの声が割り込んでくる。
『そうなのか?』
『お前の体は群体で造られているのに、どうやって再生するのかしら? 少し考えれば分かることなのに馬鹿なの?』
治療は出来ない?
となれば、出来ることは一つか。
「ゲンジィ、とりあえず機械化で考えているよ」
「ふむ。それもよいだろう」
「ああ」
俺は頷く。
「ここで行うのかね?」
レイクタウンで、か。
俺は首を横に振る。
「いや、知り合いの紹介があったから、ハルカナという街まで足を延ばしてみるつもりだ」
「ふむ。それがよいだろう。あそこなら競売所もある。良いものが手に入るだろう。すぐに出発するのかね?」
俺はもう一度首を横に振る。
「いや、この状態に慣れたいから少しここに居させて貰うさ」
「ああ、そうしなさい。イリスも喜ぶ。うむ、その間、クルマの整備くらいはしておいてやろう」
「助かるよ」
しばらく、またここに厄介になるとしよう。
次の目的地は西部の入り口の街ハルカナ、か。競売所もあるということだが、もしかしたら良い性能の武装なども見つかるかもしれないな。