165 機械の腕01――『ガロウとの戦いで思い知ったんだよ』
「それでガムさんはどうされるのかしら?」
ルリリの言葉を聞き、俺は肘から先を無くした左腕を抱える。血はすでに止まり、その切断面は最初からそうだったかのように塞がっている。だがそれだけだ。普段なら肉が盛り上がっていく感じで少しずつでも再生されるのだが、その気配がない。
俺は小さく笑い首を横に振る。
「残念ですわ。ガムさんにはこの後も続けて護衛をやって欲しかったですもの」
ルリリが手にした日傘をくるくると回し遊んでいる。砂漠の熱気がじわりと肌を焦す。額から流れ出た汗を右腕で拭う。
「そうだな。俺の用事とルリリの用事、同じタイミングで片が付くとは思わなかったからな。だが、この腕では足手まといになるだろう?」
俺の言葉を聞き、ルリリは何か含みを持ったような顔で笑う。
「またまたご冗談を」
ルリリは微笑んでいる。
「ルリリたちは、この後はどうする?」
「ここでの用事は全て終わりましたわ。せっかくマップヘッドまで来たのですから、次はここから南東の洞窟に向かうつもりですわ」
「洞窟?」
ルリリが頷く。
「そこで壁を掘り続けている方がいますの。そちらの方と商談をするつもりですわ」
「壁、か」
「ええ。この世界を囲んでいる壁の先に何があるのか、私も少し興味がありますもの」
ルリリは商談と言っているが、どちらかというと知的好奇心の方を優先しているようだ。いや、商人としての何らかの勘が働いたのかもしれない。
「そうか」
俺は肩を竦める。
「ガムさんの腕……もし、機械化されるのであればハルカナに向かうのをお勧めしますわ。ハルカナは西部の入り口となる街、東部よりも一段上のものが手に入りますもの」
「分かった。向かってみるよ」
俺は頷く。
ハルカナ、か。この無くなった左腕をどうするかは別として、次の目的地はそこで良いかもしれない。
マップヘッドは西部と東部を繋ぐ交易の中心の街って話だったが、ガロウによって崩壊した今の状況で何かの施設を利用したり、買い物をしたりが出来るとは思えない。
「ええ。それではガムさん、ここでお別れですわ」
ルリリがふわりとしたスカートを広げ優雅にお辞儀する。
「ああ。また機会があれば」
ルリリが日傘をくるくると回し、出発の準備をしている荒くれたちのところへと帰っていく。
ルリリたちのラッコ団は行商をしている商団だ。また会うこともあるだろう。
俺はそこでルリリと別れる。
『ふふん、東部は全て支配下に置いたのだから、そろそろ西部に向かってもよい頃ね』
『そうか。だが、その前に一度レイクタウンに戻るべきだろう』
『ふふん、分かったわ』
残った右手でハッチを開け、ドラゴンベインに乗り込む。
俺はここには居ないカスミのことを考える。
カスミは、しばらくの間、このマップヘッドに残ることになるだろう。
マップヘッドのオフィスはガロウの手によって崩壊していた。
職員たち人造人間は全て破壊されており、オフィスが機能しない状態になっていた。転がっている機械部分を剥き出しにした人造人間たちの片付けが必要だろう。車輪の付いた円筒形で活動するのが主なここの住人たちだ。職員が機械でも、勘違いしてくれるかもしれない。そこはまぁ、いいだろう。
だが、このままではオフィスとしての活動が出来ないようだ。俺としては、それはそれで別に構わないのだが、セラフが文句を言っている。
セラフはレイクタウンとウォーミから職員を派遣するようだが、その到着まで無人で放置する訳にもいかないそうだ。
『ふふん。せっかく手に入れた領域を活用しないと勿体ないでしょ。それに! 西部の連中に介入されて私の存在をマザーノルンに疑われるのも下策だから当然でしょ』
つまり、カスミとここで一旦別行動になるのは仕方ない。それに伴ってグラスホッパー号も置いて行くことになるだろう。
俺はドラゴンベインの座席に深く寄りかかり大きくため息を吐き、無くなった左腕を抱くように腕を組む。
『ふふん。今になって左腕が惜しくなったのかしら?』
俺は首を横に振り、肩を竦める。
『左腕一本で済んだのなら安いものだろう』
これはガロウに勝つために仕方なかったことだ。今更、惜しいとは思っていない。だが、再生しない理由は気になるところだ。
『あれに群体を取り込ませたことで命令が完全に狂ってしまったんでしょ』
『そういうものか』
『これで群体も万能ではないってお馬鹿なお前でも理解したかしら?』
俺はもう一度大きくため息を吐き、肩を竦める。
『俺は一度も万能だ、なんて思っていないけどな』
『ふふん、そうかしら』
能力は便利に使う。有るものを使う、それだけだ。
『それはそれとして、だ。セラフ、お前に頼みがある』
『ふふん、お前が私に頼み事?』
セラフのこちらを馬鹿にするような笑い声にため息が出そうになる。
『これは、お前にとって悪い話じゃあないはずだ』
『ふふん、なに?』
『クルマの――ドラゴンベインの動かし方を教えてくれ』
……。
セラフからの返事がない。
『おい、どうした?』
『それの何処が私の得になるのかしら?』
セラフの冷たい声が頭の中に響く。
言わないと分からないらしい。
『ガロウとの戦いで思い知ったんだよ』
『ふふん、お前が役に立たないってこと?』
俺は首を横に振る。
『セラフ、お前が、戦いが下手だってことだ』
……。
『はぁ!?』
一瞬の間を置いてセラフの声が返って来た。
『私の、何処が、戦いが、下手ですって』
『人間離れした反応速度、一瞬での判断能力、着弾予測や攻撃予測などの計算能力、処理能力、それらは優れているだろう。人では勝てないものだろう。だが、それだけだ』
『な、な、なんですって』
セラフの声が少し震えている。
『センス……というか、戦いにおける勘というものがお前にはない』
第六感とでも言うべきもの。言葉にすると陳腐だが、肌で感じるようなビリビリとした感覚、間を読む力――もしかすると、これは人だからこそ感じるものなのかもしれない。それを感じられない、機械的に処理することしか出来ない……それは人工知能の弱点であり、限界なのかもしれない。
『お、お前の方が優れているって言いたいのかしら?』
俺は首を横に振る。
『お前の足りていないところを補助出来るって言っている。だから、動かし方を教えろ』
ガロウとの戦いで足りなかったもの、俺に足りないものを思い知った。
そして、その戦いが終わって、俺は、こいつを――セラフをもう少しだけ信用しても良いと思った。
だからこその俺の提案だ。