162 首輪付き49――『決着をつけるのさ』
ガロウの体が崩れていく。巨大な蛇だったものがドロドロと溶けた金属のように流れ落ちていく。
「セラフ、まさか特殊弾を使ったのは……弾に俺の血をかけるためか」
装填することなく発射されるパンドラ生成の弾では俺の血をかけることが出来ない。装填する――そう現物が手元に必要だ。
『ふふん、その通り』
その通りか。
その通りだったのか。
「セラフ、それなら一発が一万コイルもするような特殊弾である必要はなかったはずだ」
『ふふん、だから?』
必要はなかったんだな?
手元に弾薬さえあれば安い特殊弾でもよかったはずだ。
なのに、こいつは!
『ただ、お前が撃ってみたかっただけだろう』
セラフが沈黙する。
こいつ、しらばっくれるつもりのようだ。
俺がさらに何か言おうとした時だった。
『ガァム、誰と話している、誰と話しているんだぜェ』
そこにセラフではない声が頭の中に響く。
この声は?
ドラゴンベインのモニターを見る。そこにはドラゴンベインの車体にドロドロの液体が絡みついている光景が映し出されていた。
液体?
『な、群体を操っている? あり得ないから! こんな失敗作がどうやってそんな力を、あり得ない!』
セラフの焦ったような独り言が頭の中に響く。
「どういうことだ?」
『足りなかったってことよ』
セラフの苛々したような声が頭の中に響く。
ドロドロの液体が姿を変える。巨大な蛇の顎へと姿を変える。
『ガァム、遊ぼうぜ』
頭の中にガロウの声が響く。
こいつらはさっきから好き勝手に俺の頭の中で叫びやがって。
巨大な蛇の顎がドラゴンベインを咥える。ギチギチとボディが軋む音が聞こえる。
『シールドは?』
『おいおい、内に入られたらシールドが役に立たないってぇのは常識だろう? クルマ持ちのクロウズがそんなことも知らないなんて駄目だぜェ』
ドラゴンベインが軋む。
大きな力によって潰されようとしている。
そこにトリコロールカラーの戦車の主砲が撃ち込まれる。
[ガムさん、お助けしますわ]
ルリリからの通信が入る。
次々と蛇の顎に砲弾が撃ち込まれる。砲撃の度に蛇の顎に穴が開く。だが、その穴は一瞬にして閉じられる。まるで何事も無かったかのように元に戻る。
『無駄、無駄、無駄、無駄だぜェ』
蛇の顎がドラゴンベインを軋ませている。
俺は大きく息を吐き出す。
『何をするつもり?』
『決着をつけるのさ』
俺はハッチを開け、外に出る。
ドラゴンベインに噛みついた巨大な蛇の頭が――その瞳がギロリと俺を見る。
「ガロウ、決着をつけよう」
俺はドラゴンベインの砲塔の上に立ち、ナイフを構える。
蛇の頭の周囲に氷が生まれる。
飛来する氷を避け、ナイフで砕き、蛇の顎へと――噛みついている牙へと踏み込む。ナイフを震動させ、振り抜く。その一撃が巨大な蛇の牙の一つを切り抜く。
蛇の口の中には、氷が、無数の氷結が渦巻いている。次々と飛来する氷を砕き、牙を砕く。
『餓鬼が、餓鬼が、餓鬼がァ、お前さえ、お前さえ』
俺の頭の中にガロウの呪詛が響く。
行けるか?
回復しているか?
いや、行ける。
行けるさ。
俺は左腕に力を入れる。
獣の力を、
破壊の力を、
呼び覚ます。
俺の左腕が服を裂き大きく膨れ上がる。部分的な人狼化。大きく伸びた爪で蛇の頭を切り裂き、ドラゴンベインから引き剥がす。
巨大な蛇の頭が飛ぶ。
「お前、お前だけはァァァァ」
吹き飛ぶ蛇の頭に女の上半身が生まれる。女が――ガロウが俺に手を伸ばす。俺の大きく姿を変えた獣の左手を掴む。俺を逃がさないというように掴む。
「ガロウ、くれてやるさ。左腕一本くらいくれてやるさ。あんたに助けて貰った恩へのお返しだ」
俺は左腕にナイフをあて、そのまま降ろす。
俺の左腕が飛び、蛇の顎も飛ぶ。
離れる。
『セラフ!!』
『ふふん、任せなさい』
ドラゴンベインの主砲が撃ち出される。
主砲の一撃が、俺の左腕を飲み込んだ蛇の顎を貫く。吹き飛ばしていく。
「アアアアアアァァァァァァァァ!!」
蛇が、ガロウが叫ぶ。
周囲を凍らせながら蛇の頭が転がり、砕けていく。
俺の左腕を飲み込んだ蛇は再生しない。環が崩れ、ただ朽ちていく。
終わる。
蛇の顎は砕け、そこには女の上半身だけが残っていた。だが、それも崩壊を始めている。
女が手を伸ばしている。崩れボロボロになった手を伸ばしている。
「ガレットにぃ、どこ、どこに、ガレットにぃ」
命の灯火が消えようとしているガロウは俺を見ていない。何処か虚ろに、それを見て、子どものように泣きじゃくっている。
俺はドラゴンベインから飛び降りる。
終わらせよう。
ナイフを持ち、虚空へと崩れた手を伸ばしているガロウの元へと歩いて行く。俺の左腕から流れ落ちる血がガロウの体を壊していく。
これで終わりだ。
「あらあら、あなたはとても無慈悲なのね」
と、そこに声がかかる。
俺は声の方へと振り返る。だが、そこには誰も居ない。
「ふふ、こっち、こっち」
もう一度声の方へと振り返る。
そこに女が立っていた。
歪んだ笑みを張り付かせ、病んだ目でこちらを見ている女――
「オリカルクムだったか。何の用だ?」
女の手には生首の入った透明な容器があった。
「はい、これ、大事なものでしょう?」
女が生首の入った容器を、体が崩壊し命の灯火が消えようとしているガロウの前に置く。
「にぃ、ガレットにぃ……」
ガロウが這いずり、崩れた手で容器を抱きかかえる。それを見たからか、ガロウの中の生きる力が呼び覚まされようとしている。ゆっくりとだが体が再生を始めている。
「あらあら。第三世代……再生能力にだけ特化したノルンの実験体にしてはやるじゃない。最後には体内のナノマシーンまで操作するなんて、これも愛の力かしら? ふふ、私の地位を狙わなければ仲良くしてあげたのに、惜しいわ」
女が口元を歪ませる。
「改めて自己紹介しましょう!」
病んだ目の女が長く伸びた髪を振り払い、容器の上に足を乗せ、楽しそうに笑う。
「何度目の自己紹介だ?」
俺は女を――強く威圧するように睨む。
「ふふ、私はミメラスプレンデンス。このタマシズメの湖がある東部地域の支配を担当しているアクシード四天王の一人よ」
女はそう言うと病んだ目に歪んだ笑みを浮かべ、足元の容器を踏み潰した。