016 プロローグ13
立体映像の少女に急かされるまま端末に手を伸ばす。先ほどはぴったりとはまり込んで取れなかったが……。
自分が手を近付けると端末に浮かび上がっていた少女の映像が消え、端末が迫り上がって来た。
これなら取り外せそうだ。
「早く回収しなさい」
また声が聞こえる。どういう原理なのか、どうやら手に持っていなくても声が聞こえるようになったようだ。
この台座と繋がったことで何か機能が拡張されたのだろうか。
迫り上がった端末を手に取る。
さて、次の指示は何だろうか。
「施設に戻りなさい」
……。
戻りなさい、か。
ここに来た目的は端末の機能拡張だったのだろうか。とりあえず、その作戦は達成出来たと思って良いのだろう。だが、戻れ、か。
今なら植物園の火は消え、施設の中に戻れるようにはなっているだろう。だが、あの蠢く植物が燃え尽きたとは思えない。戻るなら、アレを排除する必要があるだろう。そして、それを何とかしたとしても、その先には洒落にならないロボットが待ち構えている。
手に持っている真っ赤に塗られた手斧を見る。新しく手に入った武器だ。だが、それでどうなる? 手斧だぞ。何が変わる? この程度で勝てるとは思えない。
一つため息を吐き出す。
「どうしました。早く戻りなさい」
声はこちらを急かしている。
……。
「なぁ、俺の声は聞こえるか? 会話は出来るのか?」
この端末に通話機能があるかどうかは分からない。今まで会話は出来ないものだと思って話しかけることはしなかった。だが、普通に声が聞こえるようになった今なら出来るかもしれない。それに、だ。さすがに指示内容が無茶苦茶過ぎる。出来ることを言って欲しいものだ。
つまり、この端末と意思の統一を図る必要があるということだ。
しかし、端末からの返事はない。そう、返事はなかった。
「俺の声は聞こえているようだな」
端末はこちらの声を無視して沈黙を守っている。
……何を考えている? この端末の先に居る誰かはこちらに何をさせたい? 何が目的だ?
「少し、会話をしないか?」
端末からの返事は……ない。少し凹むな。
「戻れって、戻れると思うか? あまりにもこちらの戦力が足りていない」
「気にする必要はありません。戻りなさい」
やっと端末から返事が返ってきた。だが、何だろう、この少しイラッとする感情は。この端末から指示を出している人物がどれだけ偉いのかは分からないが、こちらが従うのを当然だと思っているのはいただけない。
「この島の地下にあった施設は何だ? 目的は何だ?」
……。
返事は……無い。都合の悪いことは無視か。
「協力しているのだから、少しは歩み寄って欲しい」
「情報を開示する必要性を感じません。戻りなさい」
一応、無視せずに応えてはくれたようだ。
でも、だ。
少し、面白くない。
「指示に従う必要は? こちらはこのままこの端末を湖に投げ捨てて泳いで逃げることだって出来る」
端末からの返事はない。ここまで言っても無視してくれるようだ。
端末を持ったまま祠を出て歩く。
湖の方へと歩いて行く。
湖がよく見える場所で端末を持った手を振り上げる。この端末はどうやら自分が言っていることを冗談だと思っているらしい。それなら仕方ない。
これは仕方の無いことだ。
「もう一度だけ言う。そこまで欲張るつもりはない。少し歩み寄るつもりはないか?」
端末からの返事はない。
「分かった。このままこの端末を投げ捨てる」
「待ちなさい」
「待ってどうなる?」
「分かりました。答えられる範囲での情報を開示します」
やっと端末の先の相手にこちらが本気だと言うことが伝わったようだ。
「ありがとう、助かる。沢山質問すると思うが頼む」
「時間がありません。質問は手短にお願いします」
手短に、か。仕方ない。色々と聞きたいことはあるが、それは行動しながらにしよう。
「この施設は何?」
「可能性の研究です」
良く分からないな。ネズミの口から銃が生えるようなのが可能性なのか?
「施設の地下にあったのは?」
「冷凍睡眠のための棺です」
冷凍睡眠……? 人を低温で長期間眠らせる装置だっただろうか? アレがそうなのか?
しかも棺とは皮肉が効いている。棺だと思ったが、本当に棺だったようだ。
自分はその装置によって長期間眠っていたのか? もしかして自分の記憶が欠如しているのは、その長期睡眠の影響だろうか。
分からない。
記憶が無い。
どうして自分がそんな装置に入っていたのか分からない。
どうしても思い出せない。
「最後に、目的を教えて欲しい」
これが現状では一番重要だ。それ次第で自分がどう動くか変わってくる。
「施設の最奥に囚われた私を解放することです」
……。
なるほ、ど。
「分かった。出来る限り協力しよう」
「では、急ぎ施設に戻りなさい」
「協力はする。だから、そちらも協力して欲しい。あんたの解放が終わったら、この島から出る方法を教えて欲しい」
「泳いで渡るのでは?」
皮肉か。
「それは出来れば避けたい」
「……良いでしょう。解放後は島を出る必要があります」
少し沈黙があったな。だが、島を出る協力はしてくれるようだ。
「ああ、助かる」
これで少しは前に進んだだろうか。




