158 首輪付き45――「はぁ、つまり、こうすればいいんだな?」
カスミが落ちてくる瓦礫を蹴り飛ばしながら降りてくる。
『お、おう』
なんだ、あれは。
人造人間の身体能力に驚かされる。これではグラスホッパー号に助けられて降りた自分が馬鹿みたいだろう。
『ふふん、私が領域を渡して計算しているのだから、これくらい出来るようになって当然でしょ』
どこぞのヒーローのようにとはいかず、転がりながら衝撃を殺して着地したカスミが俺の乗ったグラスホッパー号まで駆けてくる。
「運転します」
ハンドルをカスミに渡し、俺は助手席に座る。
カスミがグラスホッパー号を動かし、マズルブレーキから硝煙をたなびかせ存在をアピールしているドラゴンベインの元へ向かう。
巨大な蛇はメキメキと音を立て建物を締め付けている。建物を壊すことに夢中なのか、それとも俺を待ってくれているのか。
ドラゴンベインの搭乗ハッチに手をかける。
「私はこのままグラスホッパー号を動かします」
「パンドラの残量が少ない。無理はしないでくれ」
グラスホッパー号に残されているパンドラは少ない。シールドを張る余裕もないはずだ。あの巨大な蛇から強力な一撃でも貰ってしまったら、落ちてくる瓦礫に当たってしまったら……それだけで大破してしまうだろう。
「それでも囮くらいにはなるはずですよ」
カスミが笑う。俺はカスミの言葉に頷きを返し、ドラゴンベインに乗り込む。
用意されていた座席に座ると空中にパノラマのような画面が浮かび上がった。画面には周囲の景色が映し出されている。
『ふふん、任せなさい』
ドラゴンベインの無限軌道がキュルキュルと音を立て、動く。動きながら砲塔を旋回させ、施設に巻き付いている巨大な蛇を狙う。
俺はその動きを観察しながら車内を見る。セラフは、このクルマには演算制御装置が搭載されていると言っていた。
このクルマは俺でも操作出来る――はずだ。
以前ほどセラフを信用していない訳では無いが、それでも俺はクルマの動かし方を知っておくべきだ。この世界で生き抜くには――戦い抜くにはクルマの力が必須だ。
『ふふん、聞きなさい、朗報ね』
『まだ何かあるのか?』
『オフィスからの通信ね。オフィスの支配を奪い、マップヘッドの地を不当に占拠したガロウに賞金がかかったようね』
ガロウに賞金?
俺はモニターを見る。そこには巨大な蛇がこちらを睨み付けるように見ている画像が映し出されていた。
『賞金額は二十五万コイル。ふふん。しかも、賞金の出所を追ってみたら、オフィス直々という愉快な代物じゃない』
『賞金額が二十五万? これまた一気に増えたな』
『それだけ連中も事態を重く見ているってことでしょ。やっと西側と同じくらいの賞金首が出てきたじゃない』
セラフの楽しそうな言葉に俺は肩を竦める。
『ふふん、見てなさい』
主砲が巨大な蛇の頭を捕らえる。
轟音とともに主砲が発射される。その大きすぎる反動を抑えるようにマズルブレーキが前後し、噴煙を上げる。
巨大な蛇が身をくねらせる。主砲の一撃がその胴体を貫通し、大きな風穴を開ける。
『ふふん、おかわりはどうかしら?』
ドラゴンベインに取り付けられた左右のミサイルポッドが開き、そこから次々とミサイルが撃ち出される。
巨大な蛇へと撃ち込まれたミサイルが施設ごと爆発の渦に飲み込んでいく。
その生まれた噴煙の中から巨大な蛇が飛び出す。
もう一度、主砲が動く。車体に響く反動を乗せ、主砲の一撃が巨大な蛇を貫く。弾けるように蛇の鱗が体が飛び散り、霧散する。だが、それでも蛇の動きは止まらない。
巨大な質量による突進。その一撃をドラゴンベインのシールドが受け止める。跳ね返された巨大な蛇がうねり、巨体を持ち上げる。
巨大な蛇がドラゴンベインという獲物を前に舌なめずりをしている。
『チャンネルはこれか?』
頭の中にセラフのものではない、声が響く。
『誰だ?』
『ガム、そんな隠し球を持っているとはさぁ、やるじゃないか。心底、驚いたぜ』
巨大な蛇は威嚇するように、大穴を開け傷ついた上半身をものともせず持ち上げ、こちらを見ている。
『まさか、ガロウか』
『おいおい、分からなかったのかよ。お仲間ならこれくらい出来て当然なんだろ? 知ってるぜ。知っているぜぇ。そーしてぇ、だ! なかなかの一撃だったが無駄なんだぜ』
蛇に開いた大穴の内側から肉が盛り上がり、再生していく。
『ふふん。なるほど、そういうことね』
『どういうことだ?』
『これだから物事を知らないお馬鹿さんは……』
『おい、無駄口はそれくらいにしろ』
『はいはい。あの蛇は無数の群体で構成されているってことでしょ。だから、どれだけ吹き飛ばそうと集まり、元に戻ってしまうってことね』
攻撃が効かないのではなく、意味が無い、か。
『対処法は?』
『ふふん。群体に停止命令を出せば終わりでしょ』
『おいおい、俺を置いて誰と会話しているんだぜ。ガム、一緒に遊ぼうぜ』
頭の中にガロウの声まで響く。
『セラ……』
『待ちなさい。チャンネルを変えて、あれに聞こえないようにしているのが分からないの? 会話が筒抜けになったら作戦も何もないでしょ。馬鹿なの?』
チャンネルを変えている?
まさか、そうなると俺は馬鹿みたいに独り言を頭の中に浮かべていたことになるのか。そして、その独り言がガロウに筒抜けだったと。
チャンネルの変え方とやらが分からない以上、下手に喋らない方が良いのか。
……喋る?
いや、俺は喋っていない。頭の中でセラフに言葉を繋げているだけだ。
「はぁ、つまり、こうすればいいんだな?」
『そういうことでしょ』
俺は肩を竦める。
「で、どうするんだ? 群体に停止命令を出す? どうやってやればいい」
『ふふん。任せなさい』
セラフの得意気な声が頭の中に響く。
不安しかないが、セラフに任せるしかないだろう。