156 首輪付き43――「いつまで眠っているつもりだ」
「魔法? その単語なラ知ってルぜェ。旧時代の遺跡にあったァなァ。発達した科学は魔法とォ……なんだったか? その魔法だよなァ」
ガロウが腕に刺さっていたナイフを引き抜き、投げ捨てる。
ナイフが腕に刺さっていたというのに顔色一つ変えない、か。厄介な相手だ。
「少し話をしよう。お互いに誤解があるようだ」
俺は肩を竦め、手を上げる。
「誤解ィ?」
「そう、誤解だ」
ガロウは俺の話に乗ってくれるようだ。
『セラフ、氷の原理は?』
『お前に言っても理解出来るとは思えないのだけど』
セラフの呆れたような声が返ってくる。こいつは俺に原理を教えてはくれないようだ。無駄に勿体ぶって……いや、これがいつものセラフか。
「それで何が言いたいンだ?」
ガロウが輝く息を吐き出しながら喋る。
随分と喋りづらそうだな?
「マザーノルンを知っているか?」
「機械連中の親玉だロ、それくらいは知ってルぜ」
俺の吐く息も白くなる。
ぶるりと体が震える。
「ガロウ、あんたはオフィスが機械連中の支配下にあることを知った。そうだろう?」
「続けロ」
俺は腕に力を入れる。ガロウの蹴りによって砕かれた腕が回復し始めている。
もう少し、か。
「俺がカスミと一緒に居たことで、俺たちがオフィスの……機械連中の仲間だと思ったんだろう?」
俺は首を横に振る。
「違う、逆だ。逆なんだ」
ガロウは白く煌めく息を吐き出しながら俺を見ている。
「俺たちは機械の支配からの脱却を目指して動いている。そのためにオフィスの支配権を手に入れようとしている」
「ふふふふ、ソウカ」
ガロウは長く伸びた舌を覗かせ、笑っている。
くそ、この寒さ、嫌なことを思い出させる。凍らされ眠らせられていた、あの施設、あの場所、最悪だ。最悪の気分だ。
それでも俺は言葉を紡ぐ。
ガロウに話しかける。
「疑っているんだろう? だが、本当だ。カスミもそうだ。オフィスに逆らい、廃棄されていた。それを俺が偶然見つけて救ったんだ」
「クククク、フフフ、くふァ、ソウカ、それは面白い話だぜェ」
分かっていたことだが、信じては貰えなかったようだ。
「信じてはくれないのか?」
ガロウが指を立て、振る。
「違うぜ。どうでもいいンだよォ。そんな話はどうでもいいンだよォォ。アクシードの連中はガレットにィを生き返ラせてくれルと言った。言ったァ。大事なノはそレだけだァ。だかラ、協力すルゥ。だかラ、不死を作ル。それだけだァァ」
アクシード? 不死?
いや、今、重要なのはそんなことじゃあない。
腕は……動く。回復した。
これで戦えるッ!
「時間稼ぎをしていたンだろゥ。分かっていルぜ。分かってルぜェ。だがァ、時間を稼いでいたのはお前だけじゃァないぜェ」
ガロウが白い息を吐き出す。
白い?
寒さに腕を抱える。
寒い?
まさか?
「知ってルかァよォ、空気には見えない水がァ含まれてンだぜ? 氷はさァ、それが凍って出来ンだぜ」
不味い。
俺は動こうとして、自分の足が動かないことに気付く。ズボンの裾から伸びた氷が床とくっついている。足が氷で覆われている。
「ここにはさァ、その見えない水よりもさァ、たっぷりと水を含んだものがあルよなァ。道は出来てルぜエェェ!」
人間の体は水で出来ていると言われるくらい水を多く含んでいる。そう、ここで水分が多いのは――俺の体か!
俺の体が凍っていく。
氷に包まれていく。
……。
『ん?』
だが、それだけだ。
俺の体の表面は氷に包まれ動けなくなっている。だが、体は……そのままだ。どういうことだ?
ガロウの話しぶりなら俺の体まで凍ってないとおかしいはずだ。
『そうだろう?』
『ふふん。凍らない? 当然でしょ。あの程度の玩具で群体の動きが止められる訳ないでしょ』
セラフの説明はよく分からないが、とにかく体の芯まで凍り付くことは防げたようだ。俺の表面を覆っている氷が邪魔くさいだけだ。
邪魔? だが、これは好機でもある。
俺は待つ。
「ガレットにぃ、終わったよ、終わったよォ」
ガロウは呟き、俺の方へと歩いてくる。
そうだ、近寄れ。
そのまま油断して俺の方へと近寄ってこい。
ガロウが凍った俺の前に立つ。
そうだ。
ここだ。
俺は力を入れる。力を入れ、俺の表面を覆っている氷を砕く。砕き、俺の前に立っていたガロウへと手を伸ばす。
「な、んだとォ」
そのままガロウの首を掴む。
掴み、握る。
俺の手に骨が砕けた感触が残る。
ガロウの首は――折れ、曲がっている。
終わった。
ぐらぐらと揺れる頭を抱え、凍り付いた地面へとガロウを降ろす。
……俺は無言で歩き、凍り付き地面に張り付いていたナイフを氷の中から取り出す。
ナイフを握り、寝かせたガロウの元まで戻る。
『こういうことはやりたくないな』
『ふふん、早くしなさい』
ナイフをガロウへ――切り裂き、制御コアを取り出す。
『セラフ、これだな』
『ふふふん、路の構築も出来そう。これならここの支配も終わりそう』
セラフは俺の頭の中でブツブツと呟いている。
終わり、か。
俺はカスミが眠っている氷の前まで歩く。
「いつまで眠っているつもりだ」
ナイフを握り、振動させる。
そのまま氷を――氷だけを切る。
氷が割れ、その中からカスミが落ちてくる。落ちてきたカスミを受け止める。
カスミがゆっくりとまばたきを繰り返し、俺を見る。
「ガムさん……」
さすがは人造人間、氷の中でも無事だったようだ。
「無事だったか」
「ガムさん、後ろです」
俺はカスミの声に振り返る。
笑い声が聞こえる。
「ふふふふ、ふぁふぁふぁふぁふぁ、楽しいぜぇ、楽しいぜぇ」
首を折り、腹を掻っ捌いたガロウが何事も無かったかのように起き上がり、こちらを見ている。
「ああ、あァァ、頭がぐらぐらするな。骨が繋がるまで目が回りそうだぜ」
ガロウは揺れる頭を片手で抑え、もう片方の手ではみ出した内臓を腹の中に戻していた。
普通なら死んでいる、良くて瀕死の状態だ。だが、ガロウは余裕の表情で笑っている。
生きていた?
生きていたのかよ。
くそ、どいつもこいつも簡単に生き返りやがる。