155 首輪付き42――「お姉さん、いつから魔法使いになったんだい?」
俺は目の前の女――ガロウを見る。
この施設の制服なのか口髭と同じ軍服のようなものを身に纏ったお下げ髪の女だ。軍服は急ごしらえで用意したものなのか、サイズの合っていないだぶだぶの袖と無駄に膨らんだズボンが特徴的だ。
妙な――言葉に出来ない、凍てつくような雰囲気を持っている。
そして、そのガロウが手に持っている、それは――。
透明なガラス容器に入った生首だった。
女――ガロウが愛おしそうにガラス容器に頬ずりをしている。
「ガレットにぃ、もうすぐだよォ。ここで成果を上げれば、あの女を蹴落としてェ、私にはァ、俺がさァ、四天王だ。この機械に騙された間違いを正せるよォ」
ガロウは俺を見ていない。
その生首の入ったガラス容器を取りだした時から目は虚ろになり、ブツブツと怪しく呟いている。
「全て殺せばァ、全て実験すればァ、不死の研究、全て生き返る、約束、約束、約束だ。あのゴミクズどもがガレットにぃを生き返らせてくれる。また俺を導いてくれよォ。俺にはガレットにぃが必要なんだアアァァァァ、私がガレットにぃを必要としているんだよォォォ」
狂っている。
ガロウは狂っている。
「アアアアアアァァァァァァ、なんでだァァァ、ナゼダァァァァァ、なんデだよォォォォォ」
ガラス容器の中に入った男の生首――これがガレットという名前の者の生首なのだろう。
生首――ガレットがこのガロウとどういう関係だったか俺は分からない。俺の知らないことだ。
だが、これだけは言える。
死んだ者は生き返らない。
大切な者が亡くなったから狂ったのか、死んだ者を生き返らせるために狂ったのか。
虚空へと叫んでいたガロウが、その叫びを止め俺を見る。
「あのまま地下で奴隷ごっこをしていればァ、ガレットにぃとの約束で生かしてやったのに、お前のせいでェ、お前がァァァ、ふぅふぅ」
ガロウが長く伸びた蛇のような舌をチロチロと覗かせ、息を整え、乱れた髪を掻き上げる。
「お前らが欲しいのはこれだよなァ。ここのオフィスの機械どもが大事にしていた制御コアさ。知ってる、知ってるさァ。俺は知っていルからなァ」
ガロウがだぶだぶの軍服から瞳のような丸い球体を取り出す。
『端末の一つ! 取り戻しなさい。あれがあれば、ここの路も解放出来るから!』
セラフが興奮したように頭の中で喚いている。
どうやら、ガロウが持っている球体が手に入れば通信妨害は解除出来るようだ。
「それで? それを渡してくれるのか?」
俺は肩を竦める。
「わた、ワタ、渡すかよォ、お前を殺したくて、約束だからァ、殺したくてタまらナいのに我慢して、我慢しないィ、お前を殺せば、にぃに、生き返るウゥゥゥゥゥ」
ガロウが襲いかかってくる。
俺はガロウの狂気に満ちた引っ掻きを躱し、ナイフを構える。
「素手でいいのか?」
「ふぅふぅ、お仕置きが必要だな、殺す、コろセ。だなァ」
荒い息をしていたガロウが大きく飛び退く。そして、手に持っていたピンポン球ほどの球体を口へと運び、一気に飲み込んだ。
飲み込んだ、だと。
「吐き出させるほどの強烈な一撃が欲しいのか?」
「餓鬼がァ、奴隷の立場をワカラせテやるゼ」
ガロウがこちらへと迫る。
蹴り。
早いっ!
回避は間に合わない。とっさに腕を交差し、ガロウの蹴りを受ける。ガロウの足と交差した俺の腕が触れる――その瞬間、俺は嫌なものを感じ地面を蹴った。勢いを殺すように自分で飛ぶ。だが、威力を殺しきれない。
俺の体が力でねじ伏せられるように吹き飛ばされる。体が壁に叩きつけられる。腕が砕け、手に持っていたナイフがこぼれ落ちる。
一瞬にして両腕が使い物にならなくなる。
なんだ、この威力は。
威力を殺すように自ら飛んだのに、それすらねじ伏せられた。触れただけで吹き飛ばされる? どんなずるだよ。
ガロウが口元に二本の指を近付け、そのまま指先に、ふっ、と息を吹きかける。すると指の先に、一瞬にして氷柱が生まれた。
『んだと?』
生まれた氷柱がこちらへと飛んでくる。
俺は軋む体を無理矢理動かし、その場に転がる。
壁に氷柱が刺さる。あの円筒形のレーザーやミサイルでも傷つかなかった壁に氷柱が突き刺さっている。
『氷だと? 何をしたんだ』
『化学反応でしょ』
地面を蹴り、飛び起きる。
そこにガロウの高く持ち上げた足があった。な、早い? 不味い。
ガロウの足が落とされる。
動く。
躱せ。
見えている。
まだ動ける。
――落ちてくる足を紙一重で躱す。両腕が使えるようになるまではもう少し時間がかかりそうだ。
距離を取るように飛び退く。飛び退く? いや、狙い通りの位置だ。ここでいい。
ガロウがこちらを見て自身の首をとんとんと叩く。
「首輪付きの奴隷がァ、相応シい、姿だぜ」
俺は未だ動かない両腕をぶらぶらとさせたまま肩を竦める。
「この首輪はお洒落さ」
足元の転がっているナイフの柄を踏み、浮き上がらせ、ガロウへと蹴り飛ばす。
「餓鬼がァ」
ガロウが片腕を犠牲にしてナイフを受ける。
その時には、俺はもう動いている。
飛ぶように走り出し、ガロウの足を払う。ガロウが仰向けに転ぶ。そのまま、中身を吐き出させるように力を入れ、踏み潰す。
吐き出せ。
……。
感触がおかしい。
俺は慌てて飛び退く。
ガロウを踏もうとした俺の足に氷が張り付いている。ガロウを中心として氷が生まれている。
足と足を叩き合わせ氷を取り除く。
ガロウが口からチロチロと舌を覗かせ、キラキラと煌めく霜の吐息を振りまいている。俺はため息を吐く。
「お姉さん、いつから魔法使いになったんだい?」
これはかなりヤバそうだ。