153 首輪付き40――『こいつらは何を見ているのだろう』
天井から伸びたホースを咥えた人々。真っ白な貫頭衣を身に纏い、骨と皮だけの姿は病人のようだ。
俺は振り返る。
真っ白な、綺麗すぎる通路、部屋。
まさか、ここは病院、か? いや、地下に牢屋のある病院なんてあるだろうか――閉鎖病棟のような閉じられた病院ならあり得るか。
『あの女は俺にこれを見せて何をさせたかったと思う?』
『殺せってことでしょ』
セラフの言う通り、多分、そうだろう。だが、俺が考えているのはそこではない。
あの女は何故、俺にこいつらを殺させたいのか、ということだ。
オリカルクムと名乗ったあの女の行動に車輪の付いた円筒形たちが邪魔だから? それなら自分でやれば良いはずだ。身動きが取れないこいつらを殺すなんて、いくら数が多かろうが簡単なことのはずだ。
……そんな単純な理由では無い気がする。分からないな。
「侵入者の探索中止」
「まずは下の階の連中の排除だ」
「誰が奴らに武器を」
「まずは奴隷どもを鎮圧」
車輪の付いた円筒形たちはこの部屋に入ることが出来ないようだ。入り口の扉のところで、何かに誘導されるかのように引き返していく。
この部屋の中にあるのは奴らの本体だ。レーザーやミサイルで攻撃して何かあったら不味いからだろう。
俺は骨と皮だけになった人に近づく。病人のようなこいつらは、近寄ってきた俺の存在なんて無いかのように、一心不乱にホースの中のものをすすっている。天井から伸びたホース――この中を流れているのは先ほどの部屋と同じゼリー状のものだろう。
顔に取り付けられたゴーグルは肉にめり込み、一部が皮膚と癒着していた。これをこのまま取り外すことは難しいだろう。
『こいつらは何を見ているのだろう』
『幸せな夢でしょ』
セラフはそんな言葉を吐き捨てる。
幸せな夢、か。もしかすると、あの円筒形たちは現実と違うものが見えているのかもしれない。
肉と同化したゴーグルをよく見ると、横側に蓋が取り付けられていた。俺は蓋を開けてみる。中に入っていたのは二本の単二乾電池だった。まさか、これ、乾電池で動いているのか?
乾電池程度で動くとはなんというか、省エネルギーというか、コストパフォーマンスが優れているというか……いや、交換の手間が必要な分、随分と古くさく面倒な代物と言えるだろう。
この単二乾電池で、このゴーグルはどれだけの期間、どれだけ動き続けるのだろうか。電池が切れたらどうなるのだろう。二本使っているのは、一つが予備だからか?
……。
ん? 乾電池?
俺はそこで気付く。
ここでは何が通貨になっていた?
お金か!
単二乾電池、一本が千コイルだったはずだ。一人に二つ。ここには、この部屋にはどれだけの人が収容されている? 並んでいる人々を見る。百や二百ではないだろう。
もし、これを抜けば……。
俺はちょっとしたお金持ちになれるかもしれない。だが、この連中はどうなるのだろうか? 乾電池を抜いた後もゴーグルは動くのか? 夢を見せ続けるのか? あの円筒形たちは自分の本体がこんな状況になっていると知っているのだろうか? もし、知らなかったとしたら、この状況に耐えられるのか?
……。
駄目だな。
あの女に誘導されているようでやる気になれない。こんなことは後回しだ。
『セラフ、外壁に一番近い場所に案内が出来るだろうか?』
『この地図が正しいなら可能ね』
あの女は何処かに消えた。あの女が目指しているのは、多分、上の階だろう。エレベーターと階段は使えなくなっていた。だが、エレベーターや階段があそこだけとは考えにくい。他の場所にもあるだろう。だが、女から貰った地図には記載されていない。
隠されている。
となれば、やることは一つだ。
セラフの案内に従い部屋を出る。円筒形たちは他の場所に向かったのか、近くに姿は見えない。今の間に動いてしまおう。
慎重に、円筒形たちを呼び寄せないよう気を付け通路を進む。
外壁に面した部屋に入る。予想していたことだが窓のようなものはない。この階層の何処にも窓はなかった。
壁に近づき、叩いてみる。
硬い。
円筒形たちのレーザーやミサイルの爆発でも傷が付かない壁なのだから、硬いのも当然だろう。
力を込め、思いっきり蹴ってみる。
……。
ビクともしない。蹴った足の方が痛いくらいだ。
『何をするつもり?』
『まぁ、見ててくれ』
俺はナイフを持つ。ナイフを震動させ、壁に突き立てる。予想通り、このナイフなら壁に刺さる。俺はナイフを――壁に突き刺さったナイフの柄を蹴る。
その一撃で壁に小さなヒビが入る。
ふぅ。
俺は大きく息を吸い、吐き出す。呼吸を整える。
飛ぶ。
体を捻り、回転の力を加え、壁に刺さったナイフを蹴る。激しい衝撃とともに壁が崩れる。
壁が砕ける。人が一人通れるほどの穴が開く。
『何をするつもりなの?』
俺はナイフを拾い、崩れた壁から顔を覗かせ、外を――地上を見る。
高い。
三階だから当然だが、地上まではそれなりの高さがある。
上を見る。真っ直ぐそそり立つ壁に窓のようなものは無い。排気や換気用のダクトなど掴まることが出来るような出っ張りは――無い。
なるほどな。
俺は口髭から奪い取った靴を脱ぎ、ナイフを口に咥える。そのまま壊した壁から外に出る。手を伸ばし、指を広げ、握る力だけで掴まるものが無い壁に張り付く。足の指に力を入れ、壁からずり落ちないように耐える。
ゆっくりと手を伸ばす。
指――手の指、足の指。咥えたナイフの刃を、噛み砕きそうなほど食いしばり、力を入れ、掴まる場所のない垂直の壁を登る。
ここが三階。この建物は五階建てのようだ。二階層分上がれば屋上に辿り着くだろう。屋上からなら五階に降りることが出来るはずだ。
あの女の目的が何かは分からないが、上の階層を目指しているのは間違いないだろう。そして、そのために、ここで足止めを行ったはずだ。
指を広げ、手を伸ばす。足の指に力を入れ、耐える。足を上げる。手を伸ばす。
垂直の壁を登る。
壁を登り切り、屋上に辿り着く。
このルートなら俺の方が早いはずだ。
屋上にある扉――幸運なことに鍵はかかっていない。扉から建物の中に入り、そこから階段を降りる。
五階に辿り着く。
これで先回り出来たはずだ。
さあ、探索の開始だ。
おりゅしおおおおん。