152 首輪付き39――「なんだ、これは? なんだ、これはっ!」
逃げた女を追いかけ、通路を進む。
『消えた、だと?』
だが、女を見失ってしまう。何処を捜しても女の姿は無かった。何処かの部屋に入ったのか? だが、扉が開くような音は聞こえなかった。ここまでに隠し通路でもあったのだろうか?
『セラフ』
『はいはい。最近、私を便利に使い過ぎじゃない?』
『それで?』
『何度も言うけど障害が多すぎて無理ね。探ろうとしても路自体が塞がれているから』
逃げられた、か。
これは甘く見て仕留めきれなかった俺の責任だ。仕方ない。
来た道を引き返し、エレベーターの前まで戻る。エレベーター横にある階段を上がる。だが、階段はその途中で崩れ、塞がれていた。これ以上進むことは出来ないようだ。
『これは……最近になって壊れたものみたいだな。誰かがここより上に上がれないように工作したのか?』
誰か?
思い浮かぶのは先ほどのオリカルクムと名乗った女だ。オリカルクム――どうせ偽名だろう。
エレベーターもここより上の階に行けなくなっていた。
……。
ここで待ち伏せるためか? あの女は誰を待っていた? 何を待っていた?
俺を待っていたのか、と思うのは自意識過剰だろうか。
……。
……仕方ない。
『セラフ、先ほどの女から送られてきた地図は?』
その地図には、通信を妨害する装置の場所が示されているはずだ。
『ふふん。この階を示しているみたい』
右目にこの階の地図が表示される。
この階はいくつかの小部屋と通路によって構成され、複雑な――まるで迷路のようになっていた。目的地はその迷路の一番奥にある一際大きな部屋だった。
『こんな迷路みたいな造りで、実際に使っている連中は不便を感じないのか?』
目的地を目指し通路を進む。気を利かせたのかセラフが最短ルートに赤線を引いてくれていた。
『ふふん。使ってないんでしょ』
使っていない、か。
真っ白な廊下は綺麗すぎるくらいに綺麗だ。埃一つ落ちていない。
使っていない通路を綺麗にするだろうか?
目的の部屋を目指し真っ白な通路を進む。病室、病棟、そういったものを連想させる通路を走っていく。
『お出ましのようだ』
通路の先――曲がり角から例の車輪の付いた円筒形が現れる。
「侵入者、侵入者だーーー!」
円筒形が叫ぶ。その声に反応し、周囲の小部屋から円筒形たちが現れる。
「奴隷がここまで!?」
「効かないぞ、効かないぞ」
「くそ、リモコンが壊れたのか? あの奴隷には効果がないぞ」
「おい、下の階でも襲撃が」
「なんだと、くそ、とにかく進ませるな!」
円筒形たちが襲いかかってくる。
手からレーザーを放ち、円筒形のてっぺんからミサイルを飛ばす。建物が壊れようがお構いなしのような攻撃だ。
俺は来た道を引き返し、小部屋に隠れる。
次々と爆発音が聞こえる。だが、壁が壊れるようなことはないようだ。ここの壁は随分と丈夫に作られているらしい。
にしても、レーザーにミサイルか。一体、一体はたいしたことが無い。だが、数が多いのは厄介だ。
接近するのは難しそうだ。ナイフ一本では厳しい。何か銃火器が欲しいところだ。何かこの部屋に無いだろうか?
そう都合良く……。
「なんだ、これは?」
と、そこで部屋を見回し、俺は天井からぶら下がっているホースのようなものに気付く。部屋の中にはいくつものホースがぶら下がっている。部屋の中にあるのはそれだけだ。
真っ白な部屋には天井からぶら下がったホースしかない。
ここは……なんの部屋だ?
天井から伸びたホースを引っ張ってみる。中からどろりとゼリー状のものがこぼれ落ちた。ゼリーは、甘く、脳が痺れるような匂いを発している。
これは、なんだ?
なんだか嫌な予感がする。
俺はこれ以上匂いを嗅がないように服の袖で口と鼻を塞ぎ、慌てて小部屋を出る。
「奴隷がいたぞ! 殺せ!」
「あそこだ!」
当然だが、俺を捜していた円筒形たちに見つかる。
『くっ』
『何とかしなさい!』
微妙にセラフも慌てている。セラフに頼ることは出来ないようだ。
円筒形たちがCの形をした手をこちらに向けレーザーを放つ。
数が多い。避けきれない。
俺はとっさに手に持ったナイフでレーザーを防ぐ。
……防いだ?
防げた?
そう――手に持ったナイフがレーザーを防いでいた。
ナイフがレーザーを跳ね返し、壁へと放射されている。
このナイフ――自分が思っていたよりも高性能だったようだ。
これなら行けるかもしれない。
こちらへと降り注ぐレーザーをナイフで弾きながら走る。円筒形たちに迫る。
飛んでくるミサイル。避ける。ミサイルが俺のすぐ側で着弾する。その爆風と熱に体を焼かれ、吹き飛ばされながら円筒形の元へ――円筒形を蹴り飛ばし、乗り越え、進む。
「ああ、逃げられるぞ! 追えー、追えー」
「だ、誰か起こして!」
「お、俺を踏むなー」
円筒形たちを薙ぎ払い進む。時々、振り返り、レーザーを跳ね返しながら走る。
このまま逃げ切るっ!
そして、目的の部屋に辿り着く。
無駄に大きな扉を押し開け、中に入る。
「なんだ、これは? なんだ、これはっ!」
そこにあったのは通信を妨害する装置などではなかった。
あったのは――天井から伸びるホースと、それを口に咥え、ゴーグルを着けた人間たちだった。
あの女はこれが見せたかったのか?
『これは……』
『あれらの本体でしょ』
セラフは、あの円筒形を遠隔操作されたものだと言っていた。
これが、こいつらが本体なのか。
2021年5月7日修正
路事態が → 路自体が