151 首輪付き38――「お前は何がしたい?」
俺の体に重くのしかかっていた負荷が消える。装置の効果時間が切れたのだろう。これで俺は自由だ。
負荷が消えたことで戦いが終わったと判断されたのか、俺の体が元へ戻っていく。
……。
俺は天井を見て大きく息を吐く。体の中にあった動くためのエネルギー、熱量というものがごっそりと消えている。猛烈な空腹感に襲われ、思わずお腹を押さえる。
……甘いものが食べたい。
俺は頭を振り、もう一度大きく息を吐き出す。そして、そのまま今の自分の姿を確認する。
確認して苦笑する。また着ていた服が駄目になっている。
俺は転がっている口髭の男から有り難く服を譲って貰い、着替える。長さが合わず、袖と足首を折っているような状態だが、裸同然のボロボロな状態よりはマシだろう。
この口髭、武器は――持っていないようだ。この口髭の男も仮面の巨漢も武器を持っていない。口髭本人が言っていたように、こいつらも奴隷で間違いなかったのだろう。
口髭の男が現れた通路の先に進む。
緩やかな曲がり角になった通路の途中には、口髭たちが潜んでいたと思われる部屋があった。
部屋の中には通路を映し出しているモニターが置かれた机――それにベッドとトイレがあった。ここが看守部屋なのだろう。トイレとベッドがある分、俺が入れられていた部屋よりはマシだが、ここも牢獄と言って良いレベルだろう。
モニターが置かれている机の引き出しを漁る。やはり武器の類はない。だが、幸運なことにバータイプの包装された栄養補助食品が見つかった。
包装を破り、囓る。気持ち程度の甘さに心が安らぐ。これでもう少しは頑張って戦えそうだ。
部屋を出て、通路を進む。
しばらく歩くとエレベーターと階段が見つかる。通路はまだ続いている。どうやら、この通路の先も牢屋になっているようだ。牢の数はそれほど多くない。その牢屋の鉄格子は全て開かれていた。どうやら誰かが牢を開放したようだ。
まだまだ牢は続いているが、探索する必要もないだろう。
――行くのは階段かエレベーターか。自由に動けるのは階段だろう。
だが、俺はエレベーターを選ぶ。スイッチを押してエレベーターを呼ぶ。どうやら、ここが一番下の階のようだ。
やってきた箱の中に入り、スイッチを確認する。
ここはB4Fか。地上は五階まであるようだ。
ここから地上に出るべきだろうか? だが、そこから何処に向かう? 周囲は敵だらけだろう。この防壁に囲まれた街から抜け出せるかどうかも分からない。抜け出す必要もない。
まだ俺は目的を果たしていない。
それなら選ぶべきは一つだろう。
5と書かれたボタンを押す。
……。
反応がない。壊れているのか?
次に4のボタンを押す。やはり反応がない。
壊れているのか?
次に3のボタンを押す。するとエレベーターが動き始めた。どうやら4と5のボタンが壊れていただけのようだ。このエレベーターでは、誰かが上で呼んでくれないと四階と五階に行けないようだ。
仕方ない。
エレベーターが止まる。三階に着いたようだ。周囲を警戒し、エレベーターから降りる。
!
「誰だ?」
通路の奥からゆっくりと姿を現す。
「早かったじゃない」
そこに立っているのは――待っていたのは例の女だった。女が歪な笑みを浮かべ、前髪を掻き上げる。
改めて女を見る。年齢は二十歳くらいだろうか。整った容姿だが、鋭く油断のならない瞳からはキツいだけの印象を受ける。長い黒髪を後ろで結び、プロテクター付きのレーシングスーツのような物を身につけていた。
あの決闘場で見たままの姿だ。
「本物か?」
「ほら、これ。必要でしょう?」
目の前の女から俺のナイフが投げ渡される。
「お前は……」
「私はオリカルクム。今はそう呼んで」
女がこちらを鋭く睨み付けたまま笑っている。
向こうは俺のことを知っているようだが、見覚えがない。セラフも知らないと言っていた。
この女は何者だ?
「首を飛ばされて何故生きている? あれも幻覚だったのか?」
女が自分の首をとんとんと叩く。
「とても痛かったわ。ふふふ、それに私の針を排除するなんて、予想外。因子排除なんてどうやったのかしら?」
「なんのつもりだ?」
「思い違いしたあれを排除しようとしているだけ。あれと関係があるからと思って挑発してみれば予想外のことばかり」
女が大きなため息を吐き、肩を竦める。
「お前は何がしたい?」
俺は受け取ったナイフを構え、女を見据える。
「あなたがここで騒いでくれると助かるのだけど、どうかしら?」
女は俺を見て笑っている。随分と余裕だ。
俺と敵対しておきながら協力しろ、と。
「このマップヘッドに通信を妨害するような装置があるようだが、その場所を……知っているか?」
ナイフを構えたまま女の方へゆっくり近づく。
「あら! 好都合ね。それならここにあるもの。端末は持ってるかしら? ここの地図を転送するわ」
端末?
そんなものは持っていない。
『ふふん、いいから送らせなさい』
『セラフ、やっと出てきたか。お前はこのまま何も出来ないと引き籠もっているだろうと思ったが……意外だな』
『ふん、私が出る必要が無かっただけだから』
とにかく、セラフが何かしてくれるならそれで良いだろう。
「わかった。送ってくれ」
「あら? インプラント型の端末? あなたも狂人の一種なの? お仲間に誘いたいくらいね」
女が腕のプロテクターを開け、その中に仕込まれていたキーボードをタッチしている。
「何が言いたい?」
「ふふふ、こちらのこと。はい、転送完了」
終わったようだ。
『セラフ』
『分かっているから。仕込まれていたものは全て排除して必要なものだけ受け取ったから全て問題無し。ふふん、この程度で偽装したつもりなんてお馬鹿の限界が見えるわ』
セラフは随分とご機嫌な様子だ。
「確かに受け取った」
「ふふ、装置の破壊は任せたわ」
女が動く。
俺はそのタイミングに合わせ踏み込む。ナイフを振るう。俺が放ったナイフの一撃が女のナイフによって防がれる。刃と刃が打ち合わされ火花が飛ぶ。力と力が拮抗する。
「あら? なんのつもり?」
「余計なものはここで排除しておく」
俺の手に持ったナイフが震動する。
……。
だが、今度はナイフが抜けることはなかった。震動が見えない壁によって逸らされている。
「それじゃあ、頼んだわ」
女が歪み、こちらを馬鹿にするような笑みを浮かべ、ナイフを弾き返す。そのまま通路の奥へと走り去る。
本当に何者だ?