015 プロローグ12
湖に沿って歩く。
ここからでも見える小高い丘を左手に、ぐるっと左回りに一周する。戻った時には植物園のドーム内で起こっていた火災が静まろうとしていた。一周が大体数十分程度だろうか。あまり大きな島ではない。
島?
そう、ここは湖の中心にある島だった。
島を一周している途中で橋らしきものは見えたが、その残骸が形として残っているだけで渡ることは出来そうになかった。
島を一周してみても人の姿は見えない。ただ、丘の上に白い建物が見えたので、もしかするとそこに誰かが生き残っているかもしれない。いや、無い、か。その丘の方には行っていないが、地下施設や植物園の状況を見る限り、人が居ない可能性の方が高いだろう。
この島から出るためには何とかして湖を渡る必要がありそうだ。方向感覚が狂う薄暗く周囲は見渡せない夜間に、しかも体力的に不安の残る現状で泳いで渡るのは難しいだろう。もしどうしても泳いで渡るのならば、翌日の昼以降になるだろうか。
湖の向こう側になら人が生き残っているかもしれない。
さて、次の行動をどうするか、だ。
このままここで翌日まで休んでいても良い。少し肌寒い程度の陽気だから外で眠っていても風邪を引くことはないだろう。それ以前にこの体が風邪になるのかどうかも分からない……。
それにしても、端末が何も言わないのは少し気になる。もう少し色々とアレしろコレしろと指示が出てくるかと思っていたので意外だ。
ん?
と、そこでベストのポケットが激しく振動していることに気付く。
あ!
そういえば端末は地下のロボットから逃げる時に邪魔になるからとポケットに入れたままだった。
……。
ポケットの中に手を突っ込み、ゆっくりと端末を引き出す。
『手に持つのです。手に持つのです。手に持つのです。手に持つのです。手に持つのです』
端末は随分とお怒りのようだ。五回も同じことを言われた。弾薬のなくなったハンドガンを腰に突っ込み、空いている方の手で頬を掻く。一度言えば分かるのに仕方の無い端末だ。
どうやら端末を手に持っていないと言葉は聞こえないようだ。いや、ようだ、ではない。それは分かっていたことだ。
『手に持つのです。手に持つのです。手に持つのです。手に持つのです。手に持つのです』
さらに追加で五回も言われてしまった。端末さんは少しお怒りなのかもしれない。もう一度頬を掻く。
『丘に向かいなさい』
そして次の指示が出る。
丘、か。この島の中で行っていない場所はそこだけだったのだから当然か。また施設の中に戻れと言われたらどうしようかと思ったよ。
丘にあるのは白い建物だ。いかにもな白い建物だ。
向かうか……。
危険な野生動物が居ないか、またあの植物園のように植物が襲いかかってこないか、警戒しながらゆっくりと歩いて行く。
『急ぎなさい。向かうのです』
そんなこちらの事情など無視して端末さんは急げと言う。まったくやれやれだ。
危険があれば五メートル範囲でなら端末が教えてくれるだろうし、少し警戒レベルを下げるべきか。ただ、あまりアテにしすぎても痛い目に遭いそうだ。そこそこ頼りにしよう。
『もっと急ぐのです』
端末さんは結構口うるさいタイプなのかもしれない。
そこそこの警戒レベルを維持したまま丘の上の白い建物に向かう。あまり大きな建物ではない。祠とか、そういうイメージだろうか。鳥居がないのは残念だ。
その白い祠もどきに辿り着く。
入り口らしき場所にはどうやっても開けられなさそうな金属製の扉がくっついている。扉というよりも一枚の大きな金属の板という感じだ。祠の扉には指を差し込む隙間すらない。
どうやって開けるのだろうか。
『かざすのです』
かざすのか。端末さんが行けと言ったのだから、開ける方法も端末に頼るのが正解か。
言われるままに一枚の板のような扉に端末をかざす。
……。
そのままの格好でしばらく待っていると扉代わりの一枚の板が吸い込まれるように地面へとスライドしていく。
開いた。
……。
中に入るか。
中は外から見て分かるとおりの狭い部屋になっていた。下に降りる階段などは見えない。そして、その狭い部屋の中央に何か良く分からない台座が置かれている。
『置きなさい』
置くのか。台座に置け、ということだよな?
台座に端末を置く。すると台座の中央部分にぴったりと端末がはまった。
お?
だが、何も起こらない。
端末は台座にぴったりとはまり込み取り出すことが出来ない。これは何か起こるまで待てということだろうか。仕方ない。
人が一人入っただけで一杯一杯になるような狭さの祠の中を見回す。
お?
祠の片隅に手斧が置かれている。海外でファイアアクスと呼ばれる消防斧だ。これは良いものが手に入った。トンファーのような警棒をしまって手斧を持つ。手斧を振り回し、使い勝手を確かめる。少し重い。ただ、これがあれば、あの蠢く植物も処理が出来そうだ。
「終わりました。ぐずぐずせずに早く回収しなさい。次の指示を出します」
と、そんなことを試している途中で声が聞こえてきた。
声?
誰だ?
台座にはまっていた端末に最初に見た時と同じ少女の立体映像が浮かび上がっている。
「何をゆっくりしているのですか。早く取り外しなさい」
その立体映像の少女が喋っている。
しゃ、喋った!