145 首輪付き32――「手のひらを返し過ぎじゃないか?」
俺の動きを見た女がナイフを順手で持ち、構える。
『セラフ、腕輪の機能は?』
『はぁ……。対象に強い重力場を発生させるようね』
『重力場?』
『お前の体が潰れるってことでしょ』
『なるほどな。相手の腕輪には?』
『ふふん。どうやら同じ機能が組み込まれているようね』
ナイフとナイフがぶつかり合う。
「そのナイフ……」
女が口を開く。
このナイフに見覚えがあるのか?
女を見る。整った容姿――だが、鋭く睨み付けるような目と深く威圧するように歪んだ口元がそれを台無しにしていた。
「格好つけて逆手で持たない方がいいんじゃない?」
女はにぃっと口元を歪め笑っている。
俺は駆け抜けるように何度もナイフを振るう。
「お前は誰だ?」
そのナイフが全て弾かれる。
重い。重く力強い一撃。
ナイフとナイフがぶつかり合い、弾かれる。
何度も何度も、お互いの強度を確かめ合うようにナイフがぶつかり合う。
「お前を呼び寄せた者だと言えば分かるんじゃない?」
女が蹴りを放つ。腰の入っていない足の動きだけでの上段回し蹴り。俺は身を屈め、その軸足を払う。
「あら?」
軸足を払われた女の体が浮く。だが、女の動きは早い。女が両手を後ろへと伸ばし、後転するようにその場から逃げようとする。
体勢を崩した女を目掛け、逆手に持ったナイフを上から叩きつける。そのナイフを持った俺の腕が女の足に挟まれ、その足の力だけで投げ飛ばされる。
俺は空中で体勢を整え、着地する。
「お前は誰だ?」
俺はもう一度問いかける。
「ここの支配者よ」
立ち上がった女が手をはたき、砂埃を落としている。
「ここ、ね。お前が新しくここの支配者になったガロウだとでも言うのか?」
女が手に持ったナイフを投げ、手遊びをしながら笑っている。
「思ったよりやるじゃない。それで、そうだと言ったら?」
俺はこの女を知らない。
セラフもこの女を知らない。
「もう一度聞く。お前は誰だ?」
「私が誰かはお前が知っているんじゃない?」
女の鋭い蹴りが飛んでくる。蹴りをナイフで受け止め、そのナイフが硬い金属にぶつかったかのように弾かれる。
崩れた俺の体勢を狙い、女の蹴りが嵐のようになって次々と放たれる。俺は強く足を踏みしめ、上体だけで蹴りを躱す。
蹴りと蹴りの間を狙い身を屈め、女の軸足を狙う。だが、その軸足が……無い。
女の体が宙にある。上から下へと振り下ろされる足。俺はそれを受け止めようと腕を交差させ――嫌な予感にそのまま転がって回避する。
追撃は……無い。
俺は余裕の表情で笑っている女を見ながらゆっくりと立ち上がる。
「まぐれではなさそうね」
「そりゃどうも。目で追える程度ならなんとかなるものでね」
女の蹴りは重い。だが、それだけだ。
「あら。そういう意味じゃないのに。でも、それならこれはどう?」
次の瞬間、女の足が消え、俺の頬から血が流れていた。
ナイフ?
違う。
蹴ったのか?
届かないはずの距離。だが、俺の頬は切られていた。
俺は頬の血を拭う。
「随分と上からで、随分と余裕だな」
「余裕? ふふふ」
女の足が消える。俺はその場を飛び退く。何かを飛ばしている? 早すぎて見えないだけか?
俺は女の視線、体の動きを頼りにそれを回避する。わざわざ最初に見せてくれたんだ。これくらいは出来ないとな。
「逃げてばかりなの?」
女の動きを観察する。何かが飛んできているのは間違いない。俺の立っていた場所を何かが通り抜けている感覚がある。
「まったく、どいつもこいつも俺の話を聞かず、俺に言いがかりをつけてきて、俺を舐めているのか?」
「あら? それはご愁傷様」
女は狂気を顔に貼り付け笑っている。
この女が何者かは分からない。
だが、俺の敵だ。それは間違いないだろう。
こちらを見下し、俺の力量を測るようなことをしている。
その余裕が命取りになると教えてやろう。
俺はタイミングを見計らい、駆け出す。女の片足が消える。もう、それは飽きるほど見た。
「カスミはどこだ?」
「誰のことかしら?」
次々と放たれる見えない刃。それが暗器によるものなのか風の刃なのか、それは分からない。だが、関係ない。当たらなければ同じだ。間合いは見切っている。
踏み込み、抜ける。
女の喉元を狙いナイフを振るう。女が口元を歪めたまま、こちらを見ている。そして、俺のナイフは女のナイフによって受け止められていた。
「格好つけて逆手にナイフを持つから遅れる――こうやって防がれる」
女は余裕の表情で笑っている。
俺のナイフが震動する。震動し、受け止めた女のナイフを切断する。
そのまま女の首を跳ね飛ばす。
女の頭が歪んだ笑みを作ったままくるくると宙を舞う。
女の体がどさりと前のめりに倒れる。
女は動かない。
……俺は女の腕につけられた囚人の腕輪を踏み潰し、破壊する。
終わりだ。
「勝利だ!」
「あいつが勝ったぞ!」
「あの女は嘘吐きだったんだ」
「おいおい、あんたすげぇな!」
俺たちを囲んでいた円筒形が興奮したように叫び出す。調子の良いものだ。
俺はその輪を抜け、この決闘場に案内した円筒形のところまで歩く。
「俺の勝ちだ。これを外してくれ」
腕を円筒形の前に突き出す。
「ああ、分かったぜ。お前とあの女の因縁は分からないが、あの女はお前を貶めるために嘘を吐いていたんだな。嘘吐きにはお似合いの末路だ」
円筒形に腕輪を外して貰う。
「手のひらを返し過ぎじゃないか?」
「勝った方が正しいのさ。それにしても、あの女、不甲斐ない、情けない、偉そうにしてあのザマとはなぁ」
なかなか厄介な相手だった。勝てたのは、相手が油断していたのと武器のおかげだろう。このナイフを防げると思い込んでくれたから楽に勝つことが出来た。まともにやり合っていればどうなったか分からない。
まぁ、だが、それも過ぎたことだ。
俺が勝ち、女は死んだ。それだけだ。
カスミの行方を捜さねば……。
俺はこの場を離れようと歩き、その足がもつれる。
体が倒れる。受け身を取れない。
な、なんだ?
視界が……、目が……、
「まったくよォ、あれが四天王の一人? 見かけ倒しだよなァ、お前もそう思うよなァ」
そんな声を聞きながら俺は意識を失った。
本年最後の更新になります。
次回の更新は2021年1月5日(火)の予定になります。
一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
よいお年を。