144 首輪付き31――「俺が勝負を受けるメリットは? 受ける必要はあるのか?」
俺は布きれを乗せただけの白いベッドの上で仰向けになる。ベッドは硬く、俺の衝撃に反発するように抵抗している。
『セラフ、カスミの状況は?』
『あの建物で反応が消えたまま』
頭の中にセラフのため息でも吐いていそうな声が響く。あの建物――ルリリが収容所と言った場所だ。
カスミはオフィスに向かった。そこでの用事を済ませ、戻ってきた時に何かあったということだろうか。ただ、そこではルリリの商団の荒くれたちが作業を行っていたはずだ。何かあれば知っていそうな気もするのだが……。
手紙が指定している場所も、その収容所だ。時間は明日の正午。
……セラフが居ながら、と思わないでもないが、そこでセラフを責めるのはあまり良くないだろう。
『ここは動き難いから仕方ないでしょ。まるで私みたいな存在を知っていて、それを待ち構えていたかのように領域封鎖が行われているんだから』
セラフはかなり不満そうだ。
俺は目を閉じる。明日になれば分かることだ。
……。
そして、次の日。
目を開ける。白い、ベッドしか置かれていない部屋。何処かの監獄に入れられたかのような気分になる。いや、監獄ならもっと薄汚い場所だろうか。ここは綺麗すぎる。宿だからなのか、それとも、このマップヘッドがそういう場所だからなのかは分からないが、ここには埃一つ落ちていない。
異様に綺麗だ。
上体を起こし、ベッドから降りる。少し体は冷えているが動きに問題はない。
宿の部屋を出ると、そこには一日中宴会を繰り広げていたのか力尽きた荒くれたちが転がっていた。食堂スペースは完全に荒くれたちの貸し切りになっている。ルリリの姿は見えない。
俺はそのまま宿を出て収容所と呼ばれた場所を目指す。
白い建物。遠くからは学校か何かの施設のように見える。荒くれたちが荷物を降ろしていた場所ではなく、正面の玄関から中に入る。
「ゴミやろうが来たぞ!」
「クズが!」
「逃げずに来るとは恥を知らないのか」
「惨めに殺されろ」
「ゴミクズ」
そこで俺を待っていたのは耳が痛くなるほどの罵声だった。
罵声を飛ばしているのは料理店でも見かけた車輪の吐いた円筒形たちだ。一部の円筒形の横には俺と同じような首輪を付けた人の姿もあった。だが、そいつらは、今の状況に怯えているのか身を竦ませ、キョロキョロと周囲を見回しているだけだった。
俺は肩を竦める。
「それで俺はどこに行けばいい?」
騒いでいた円筒形たちが一瞬にして静かになる。円筒形が一斉に俺の方を見る。
「ゴミが喋った!」
「最低やろうのくせに立場が分からないのか!」
「子どものような外見をして悪魔のようなヤツだ」
「自分がしたことを分かってないなんて!」
静かになったのは一瞬ですぐ騒がしくなる。
俺は肩を竦める。
『セラフ、こいつらは?』
『遠隔操作されたものでしょ。中には脳を移植したものもあるみたい。馬鹿でしょ……ねえ、私を便利な解説役にしてない?』
『そうか、ここに居ない奴らが好き勝手に言っているという訳か』
『ねぇ、私を便利な解説役だと思ってない?』
『一部は中身が詰まってると。サイボーグに近いのか』
『ねぇ、最近、ちょっと調子に乗ってない?』
そんな集まっていた円筒形の中から、一体がこちらへと走ってくる。
「案内しよう」
どうやら案内してくれるようだ。
「俺が受け取った手紙には決闘の申し込みと書かれていたが、この状況は?」
「黙って着いてこいと言いたいんだけどね……あれらは観客だよ」
「どこに向かっている?」
「決闘場さ」
集まっていた円筒形の罵声を聞きながら建物を抜ける。そこは大きな運動場のようになっていた。本当に学校みたいな場所だ。
運動場にも円筒形たちが集まって壁を作っている。そして、その運動場の中心に一人の女が立っていた。こちらを見て歪んだ笑みを作っている。
「これを身につけるんだね」
俺を案内した円筒形が囚人が身につけるような鉄の腕輪を取り出している。
「これは?」
「決闘のルールを知らないのかよ」
俺は肩を竦める。
「教えてくれ」
「お前は親切にした彼女を裏切り、不意を突いて傷を負わせ、クルマを盗んだ。その罪状で決闘を申し込まれている」
円筒形が俺を待ち構えていた女の方を見る。
「それで?」
「さっきも言ったがここは決闘場だ。恨み、憎しみ、復讐――色々な思いを抱えた奴が間違いを正す場所だ。ここでは勝った奴が正義だ。負けた奴はゴミクズだ」
「それで?」
「勝敗は身につけた腕輪の破壊で決まる。相手を殺して破壊してもいい、方法は自由だ。腕輪を壊され、それでも生きていれば奴隷落ちだ。分かっただろ?」
俺は肩を竦める。
「俺が勝負を受けるメリットは? 受ける必要はあるのか?」
「お前の名誉が守られる。ここから先、ゴミクズ扱いされても良いなら好きにすればいいさ」
俺は小さくため息を吐き出す。
「そうか」
名誉か。
おかしなものだ。
こんな馬鹿みたいな世界でも名誉を気にするのか。いや、そういう奴らだから、こんな馬鹿みたいな決闘とやらを行うのか。
そこは分かった。
だが、俺は目の前の女に見覚えがない。
『セラフ、お前は?』
『ある訳無いでしょ』
そうだ。
目の前で歪な笑顔を作っている女を俺は知らない。
年齢は二十歳くらいだろうか。長い黒髪を後ろで結び、背を曲げ、今にもこちらへ飛びかかってきそうな女だ。プロテクターが付けられたレーシングスーツのような物を身につけている。
腕には、目の前の円筒形が取りだしたものと同じ腕輪がある。やはり囚人の腕輪にしか見えないな。
消えたカスミの行方を追って決闘に巻き込まれる、か。
俺は円筒形から腕輪を受け取る。
『大丈夫そうか?』
『ふふん。お前の予想通り仕掛けがしてある』
『そうか』
俺は受け取った腕輪を身につけ、ルリリから受け取っていたナイフを取り出す。
『はぁ? 何身につけてるの!』
『腕輪を、だろ』
俺はナイフを逆手に持ち直し、身を低く落とす。
「それで決闘の開始はいつだ?」
「はっはははは! 今だ」
円筒形の言葉を受け、俺は飛び出す。