143 首輪付き30――「何を勘違いしている」
ルリリが大きくため息を吐き出す。
「もう一度言い回すわ。ここからここまで、飲み物もここからここまでですわ。これらを十人前ずつお願いしますわ」
「お嬢さん、悪いが十人前も用意出来ない」
「ひぐぅ、かひ、かひ」
車輪付きの円筒形が喋りながらCの指でリモコンのボタンを押している。癖になっているのかもしれない。
「その問題なら解決済みですわ。たった今、食料が入荷しましたもの。ふふ、次にお嬢さんって馴れ馴れしく呼ぶならぶっ壊してもよろしいかしら?」
「あが、あが、あが、あが」
転がっているボロ布の男が泡を吹いて痙攣している。
「食料が? そうか、それは朗報だ。おじょ……ラッコ商団さんからもそこの奴隷に立場をわきまえろって言ってくれないか? お支払い方法はどうされますか?」
「ひゅー、ひゅー、ひゅー」
「カードでお願いしますわ」
円筒形がコロコロと車輪を動かしルリリの隣まで近づく。ルリリが先ほども取り出していた金属のプレートを持ち、円筒形の天辺に軽くタッチする。すると車輪の付いた円筒形の天辺から『カァー、カァー』とカラスの鳴き声のようなものが鳴った。
「お支払いを確認しました」
「ぐっぽ、ぐっぽ、ぶぶぶぶぶ、たひゅ、たひゅけ」
転がっているボロ布の男はまだ意識があるのか泡を吹きながらも賢明に言葉にならない言葉を紡いでいる。
「料理は出来たものから、どんどん持ってきて欲しいですわ」
「承りました。それでわきまえない奴隷の餓鬼はどうしますか? そろそろお掃除用の装置を動かそうか迷ってますが」
俺は肩を竦める。どうやら、転がっているボロ布の男のためにもちゃんと説明した方が良いようだ。
「何を勘違いしている」
俺は首に巻き付いているボムネックレスをトントンと軽く叩く。
「俺が奴隷? この首輪はただのファッションだ」
転がっているボロ布の男とお揃いのデザインだが、これはゲンじいさんから貰った――ただの飾りだ。
「なんだ、そうだったのか! ひっひっひ、そういうことは早く言えよ! 勘違いしただろうが」
「あぶあぶあぶぶぶぶ」
車輪の付いた円筒形がリモコンを俺の方に向けてCの指でボタンを押している。
「おかしいな?」
円筒形は腕を伸ばし、俺に触れるか触れないかの位置でリモコンのボタンを押し続けていた。
「ぶふふふぶぶぶ」
食欲が失せる焦げた匂いを漂わせながらボロ布の男は痙攣している。これは食堂で漂っていたら駄目な匂いだろう。
「納得してくれたなら、そこに転がっているそれを回収して早く料理を持ってきてくれ」
「おおっと、すまない。こいつには嗅覚センサーが付いていないから気付かなかった。おいおいおい、おいぃぃ、三号が酷い有様じゃあねえか! 俺が給仕用にって買った奴隷が! 誰がこんな酷いことをしたんだ!」
お前だろって突っ込んだら負けな気がする。こいつらがやっていることはまるでコントのようだ。
「私からもお願いしますわ。遊んでいる暇があるなら早くして欲しいですわね」
「はひぃ! すぐに片付けます。料理も持ってきます。たく、お仕置きを受ける時は服を脱げって言っただろうが。お前よりも服の方が貴重なんだぞ。これはまた後でお仕置きだな、ひっひっひ」
車輪の付いた円筒形がCの形をした手を伸ばし、転がっているボロ布の男の首を掴む。そのまま引き摺って食堂の奥へと消えた。
俺はもう一度肩を竦める。
『なんだ、あれは?』
『ふふん、ここの風習なんでしょ。私も人の風習の全てを知っている訳じゃないもの』
『あれを風習で片付けてよいのか? それとあんなものを俺と同じ人扱いするのか?』
『ふふん、お前がいつから人になったのかしら』
やれやれ、最近、セラフは少し忙しくしていると思っていたが、反応を返すくらいには余裕があるらしい。以前のようにことあるごとに騒がれるよりはマシだが、ため息を吐きたくなることに変わりない。
「ガムさん、これを」
俺は意識を話しかけてきたルリリの方に向ける。ルリリは見覚えのあるナイフをテーブルの上に置いていた。
「これは?」
「ガムさんの戦利品ですわ。回収しておきましたの」
鉄仮面が持っていたナイフ。震動だけで俺の左腕を抉り、トラックに刺さるほどの威力のナイフだ。
「分かった」
俺はルリリからナイフを受け取る。握りこそしっかりとした造りになっているが、刃は果物ナイフのように短く可愛らしいものだ。外見からでは威力が想像出来ない。
……これは、このナイフが必要になることがある、ということだろう。
そして、その夜。
俺の部屋がノックされる。俺は、運ばれた料理を少しだけ食べ、すぐに部屋に引き籠もったが、食堂の方では未だ荒くれたちの騒ぎが続いている……はずだ。連中は起きている。
だが、その荒くれたちが俺の部屋に来るとは思えない。
誰だ?
扉を開ける。
そこで待っていたのは昼間ボロ布になって転がっていた奴隷の男だった。
「て、て、手紙を持ってきました、した!」
封筒を持った手が震えている。
……。
俺は封筒を受け取る。誰からだ? 差出人の名前は書かれていない。
と、その俺を掴むように奴隷の男が部屋に入り込んできた。
「た、助けてくれ! あ、あんたも奴隷だよな? あんたのご主人に言って俺も救い出してくれ! 見たろ、こ、こ、ここは地獄だ。あいつら俺が死なない、程度に、そのギリギリを見極めて! このままだと気が、く、狂ってえぇえ」
俺は小さくため息を吐く。
「落ち着け。それと俺は奴隷ではない。悪いが他を当たってくれ」
「う、嘘を吐くなよ! 分かってるぞ! お前だけが助かるつもりなんだろ!」
俺は肩を竦める。
「部屋から出ていくんだな。お前のご主人様とやらを呼べばよいのか?」
男が大きく目を見開き、震え出す。
「こ、この、この、この!」
「助けて欲しいなら、それなりの態度で助けるメリットを示してくれ」
俺は奴隷の男を部屋から追い出し、手紙の封を切る。
中に入っていた紙に目を通し、それを握りつぶす。
カスミが帰ってこない理由が書かれていた。
差出人は――ここの支配者。
ここを統治している人物からの手紙だった。