141 首輪付き28――『不味いのか?』
ガタガタと大きく揺れるグラスホッパー号の助手席にもたれかかり、俺は大きな欠伸をする。
「もうすぐ到着するみたいですよ」
「ああ、見えてる」
見えてきたのは何処の要塞だと言わんばかりの壁だ。壁の上には巨大な砲身がくっついたトーチカも見える。
あれがマップヘッドなのだろう。
「それにしても、今回は随分と稼ぐことが出来たな」
「クルマを持っているのですから、それくらい当然ですよ」
俺は腕の傷に巻き、乾いて硬くなった布をペリペリとはぎ取る。傷の状態を確認する。手を強く握り、開く。骨が見えるほど切り裂かれ、指が動かなくなるほど神経が損傷していたはずなのに、もう回復している。俺の中に眠っている常識では考えられないほどの回復力が働いた結果だろう。
本当に便利な体だ。
「クルマ持ちは稼ぎます。その分、武装と弾薬にお金が必要なんですけどね」
「なるほどな」
「回収班を呼ぶのにもコイルが必要です。大した金額にもならないマシーンやビーストでも呼んでいたらすぐに赤字になりますね」
「確か、管轄違いのオフィスに依頼すると大きな手数料になる、だったか? 管轄内でもそれなりに取られるようだな」
「私が説明したのを覚えていたんですか?」
俺は肩を竦める。
「ガムさんを侮っていたようですね」
カスミが面白い冗談でも言ったと微笑む。
「さんと呼んでみたり、様付けで呼んでみたり、意味はあるのか?」
てっきり場所や状況に応じて使い分けているのかと思ったが、どうにも違う気がする。
「気分です」
俺は両手を挙げる。お手上げだ。まさか人造人間に気分で使い分けされているとは思わなかった。
「いい性格をしているよ」
「褒め言葉だと思っておきます」
三台の大型トラックとグラスホッパー号が防壁にくっついた門の前で止まる。壁の上を見る。トーチカから伸びた砲身がこちらを狙うように動いていた。怪しい動きをすれば容赦しないということだろう。
「うぅうぇーるかあむ。ここは砂漠のぱあらあいそー。ごおよおけえんうぉどおうぞー」
門に備え付けられた巨大なスピーカーから、ご機嫌な声が流れ出す。酔って夢の世界に旅行しているかのように、享楽的で狂った雰囲気を持つ声だ。
「ラッコ商団とその護衛ですわ」
ルリリがトラックの窓から手を出し、何かのカードを提示している。
「か、か、か、か、確認すうぅるぅぜえ」
門に備え付けられたスピーカーが、にゅうっと配線を伸ばしトラックへと動く。そのまま忙しなくトラックの前を動いていた。どうやらスピーカーにカメラがくっついているようだ。
「確認、か、かぁくぅにぃぃん、したぜ。荷物は、ぬぅああんだぁぁぁ」
「主に食料品ですわ」
忙しなく動いていた巨大スピーカーがピタリと止まる。そのまま反応がなくなる。
『どうしたんだ?』
『ふふん。トラックの中身をスキャンしているんでしょ。上手く隠していたようだけど相手の方が一枚上手だったようね』
『不味いのか?』
『不味いでしょ』
俺は肩を竦める。
『それで俺はどうすれば?』
『バレないように門まで走って手を門に当てれば?』
俺は大きくため息を吐く。マップヘッドに入る必要があるのはセラフも同じだろうに、随分とどうでも良さそうな――投げやりな態度だ。
俺はゆっくりとグラスホッパー号から降り、門まで走る。そのまま門に触れる。その状態で数秒ほど待つ。
『もう大丈夫でしょ』
『何をしたんだ?』
『荷物を誤魔化しただけ』
俺は気配を殺しながらグラスホッパー号へ戻る。
『もしかして、お前の力があれば、商団に頼る必要はなかったのか?』
『ふふん。お前が電流の流れるあの壁を、誰にも気付かれずに駆け上がれるなら必要なかったんじゃない?』
グラスホッパー号の助手席に戻り肩を竦める。
『無理だな』
巨大なスピーカーが元の位置まで戻る。
「う、う、う、うぇる、うぇーるかあむ」
門が左右に分かれ、開いていく。
トラックが動き出す。
[ガムさん、こちらのトラックにぴったりとくっついて入って欲しいですわ。少しでも離れていると蜂の巣になりますもの]
通信機からルリリの物騒な言葉が流れる。
やれやれだ。だが、これでやっとマップヘッドに到着か。
門を抜けた先は――アスファルトの道路とコンクリートで作られた四角い建物が並ぶ無機質な世界だった。倉庫街か工場という感じだろうか。
『随分と寂しいところだな』
歩いている人の姿が見えない。人の気配を感じない。
[まずは荷物を卸しに行きますわ]
トラックと一緒に舗装された道を走る。やはり、人がいない。
ここは砂漠の三叉路にある商人の街ではなかったのか? どういうことだ?
しばらく道なりに進み、学校か何かのような建物の前でトラックが止まる。ルリリたちがトラックから降りる。トラックから荷物を降ろすようだ。
俺もグラスホッパー号から降りてルリリの元へ向かう。
「人の姿が見えないようだが、いつもこうなのか?」
「違いますわ」
「それは……大丈夫なのか?」
ルリリがゆっくりと頷く。違うと言ったルリリに焦った様子はない。この状況を予想していたかのようだ。いや、確実に予想していたのだろう。
「それで、この後は?」
「この後はガムさんたちを宿に案内しますわ。そこでお別れですわね」
「宿があるのか?」
ルリリが口に手をあて上品に微笑む。
「もちろんですわ。費用はこちらで持ちます。砂漠の砂を落とすとよろしいですわ」
俺は肩を竦める。
「私たちは仕入れをしながら、ここに一週間ほど滞在しますわ。何かあれば頼ってくださいな」
「分かった」
荒くれたちがせっせと建物の中に中身が見えない四角いコンテナを運んでいる。中身は食料だったか。
「ちなみにこの建物は?」
「多分、収容所ですわ」
ルリリはその顔に不敵な笑みを浮かべている。