139 首輪付き26――『八文字までなのか』
戦車の主砲が火を噴く。ドスンドスンとこちらに響くような音を立て、砲身が上下する。T字になったマズルブレーキからはその反動を逃がすように大きな噴煙がたなびいていた。
戦車の性能自体は近未来的なのに形にこだわっているのか、そういうところは従来の戦車と変わらないようだ。
次々と放たれる戦車砲を人型ロボットがシールドを張った腕で受け止める。一撃、二撃――その衝撃に人型ロボットの手が押され始め、そして弾かれる。人型ロボットの上体が大きくのけぞる。
『遠隔操作なのに器用なものだ』
『ふふん、なんのために別行動をさせていたと思っているの? もう手足のように動かせるから』
そういう意味で言った訳では無かったがセラフには通じなかったようだ。
『そうか。それならもう少し早く来ても良かっただろう?』
戦車と人型ロボットの戦いは続いている。人型ロボットが戦車砲を受けながらも手に持った光の剣を振るう。その熱波の衝撃を戦車のシールドが受け止める。
『はぁ? この商団に敵が来ないようにしていただけなんですけど』
俺は戦いを横目に、転倒しているグラスホッパー号へと走る。
『その割には、サイのビーストや赤ん坊のようなマシーンに襲われ、バンディットには追いかけられ、敵の商団に待ち構えられていたな』
転倒したグラスホッパー号に手をかけ、背中から押し上げるように持ち上げる。
『ふふん、良い刺激になったでしょ』
嘘をつけないからそうやって誤魔化すか。
『そうだな。良い暇つぶしになったな』
俺はなんとかグラスホッパー号を起こす。
「カスミ、無事か」
「はい。なかなか刺激的な経験ですね」
カスミが髪を掻き上げ、砂を落とす。
「カスミ、セラフの援護をしてくれ」
「分かりました」
カスミが俺を見る。
「俺は俺でやることがある。そちらは任せた」
カスミが頷く。人型ロボットとの戦いはセラフとカスミに任せ、俺は走る。
人型ロボットは俺の手に余る。それなら俺は俺で出来ることをやろう。
走り、そして見つける。
俺が蹴り飛ばした鉄の仮面。大きな爪痕によって凹み、ボロボロになっている。その鉄の仮面に虫に似た小さな足が生え、ここから逃げ出すように動いていた。
逃げる。
「た、助けてくれ」
情けない声を出して虫足の生えた鉄の仮面だけが逃げている。
俺はそれを捕まえるように走り――屈む。屈みながら身を捻り、背後から迫っていたそれを捕まえる。
それは――空中に浮かぶ鉄の腕だった。逃げた鉄の仮面を捕まえようとしたところで襲うつもりだったのだろう。
「た、助けてくれ」
虫足の生えた鉄の仮面は情けない声を繰り返しながら、うろちょろと動き回っている。
「こんなものに引っ掛かると思ったのか?」
俺は浮かんでいた鉄の腕を投げつけ、鉄の仮面にぶつける。巻き起こる爆発。逃げる鉄の仮面の中に火薬でも詰め込んでいたのだろう。
「ひひひ、素直に死ねば良かったんだぜ」
俺の背後から生まれる殺気と声。俺は振り返らず、上へと手を伸ばし、迫る刃を手のひらと手のひらで挟み込む。そのまま引き下ろす。
それは上空から俺を串刺しにしようとしていた鉄仮面の男だった。
「餓鬼があぁ! これも気付くかよ!」
「言葉遣いが悪くなっているぞ」
俺はナイフを手で挟んだまま鉄仮面を蹴ろうとし……すぐにその手を離す。見ればゆっくりとそのナイフが振動していた。
「高周波振動ブレードのようなものか?」
「そのまま掴んでいれば良かったのになぁ」
鉄仮面が震えるナイフで突きを放つ。俺はそれを大きく避ける。近寄るだけで皮膚が裂けそうだ。
鉄仮面が次々と突きを繰り出す。
避ける。避ける。避ける。
鉄仮面がこちらに攻撃が当たらないことに焦れたのか大きな動作で突きを放つ。俺はその隙を逃さない。ナイフを持った腕を掌底で打ち上げる。その腕がポロリと外れる。
外れ……た?
外れた腕が、あり得ない軌道を描き迫る。
「くっ」
迫るナイフを紙一重で回避する。
これを狙っていた? 下手な攻撃は不味い。
ナイフが通り抜けた衝撃で皮膚が裂ける。流れ出す血。俺はその血を拭い指で弾く。
『セラフ、こいつは本体だと思うか?』
あの人型ロボットにくっついた鉄仮面を人狼の爪で斬り裂いた時、命に届いたという手応えが無かった。最初に現れた鉄仮面には確かに中身があった。俺の一撃が中まで浸透したはずだ。
だが、こいつはどうだ? マシーンと変わらない。生命を感じない。
『私にヨロイの相手をさせながら何をさせたいわけ?』
『分からないのか?』
『これも人形でしょ』
鉄仮面が繰り出す攻撃を避ける。下手に攻撃を打ち込めば何が起こるか分からない。手を出さない方が良いだろう。
『だろうな。さて、本体は何処だと思う?』
本体。唯一の生体――脳みそ。
『探れって言いたいの?』
『違う。すでに心当たりはある』
俺は鉄仮面の攻撃を避けながら、逃げる。
「避けることだけは得意なようだなぁ!」
鉄仮面がトラバサミのような口を大きく開けて笑う。
「そうだろう? お前は当てるのが下手なようだ」
俺は大きく距離を取るように逃げる。避ける。本体が相手だった時よりは随分と回避しやすい。これも遠隔操作だからなのだろう。
「ひひひ」
鉄仮面から金属が擦れるような笑い声が響く。
「なるほどな」
俺は鉄仮面が笑った理由に気付く。逃げた俺の背が転がっていたトラックのコンテナに当たっている。これ以上、後退出来ない。
「追い詰めたぞ」
「そう思うか?」
このトラックは人型ロボットが投げ飛ばしたトラックだ。そのトラックには何が乗っていた? 誰が乗っていた?
鉄仮面のナイフが迫る。これ以上後退出来ない。屈む? 次の行動を起こす前にやられるだろう。横に避ける? ナイフの方が早い。ナイフの振動で皮膚が裂けるだろう。
……だが、それでいい。
俺は鉄仮面のナイフを左腕で受けながら躱す。腕が半分ほど切れ、中の骨が見えている。だが、それだけだ。死にはしない。俺の左腕を削った勢いでナイフがトラックに深く刺さる。ナイフの切れ味が良すぎて深く入り込んでしまったようだ。すぐには引き抜けないだろう。
「なんだと!」
鉄仮面が叫ぶ。反撃のチャンスだ。
だが、俺は走る。
転倒しているトラックの運転席へと走り、中で目を回しているド派手な男を引きずり出す。
『セラフ、正解だと思うか?』
『ふふん、やるじゃない』
このド派手な男が鉄仮面の正体? いや、違うな。
俺はド派手な男の服を引きちぎる。男の腹部は空洞になっており、そこにガラス容器に入った脳みそが収まっていた。
トラックの中に隠れている可能性もあった。
黒服や商団主の方に隠れている可能性もあった。
色々な可能性が考えられただろう。
だが、俺はここだと思った。
人型ロボットはユニットが排除されたと言っていた。本体ではない鉄の仮面だったのに、それがなんのユニットだっていうんだ? どうやって起動させた? 最初の鉄仮面は間違いなく中身があった。俺の一撃で動けなくなっていたはずだ。すぐに動けるようにはならないはずだ。それを動かし、運んだのは誰だ?
そして鉄仮面の性格だ。随分と隠れまわるのが好きな性格をしているようだ。俺の一撃を受け、俺が危険だと思い知ったはずだ。安全な場所に隠れるだろう。
それは何処だ?
人型ロボットが見捨てるように、切り捨てるように、投げ飛ばしたトラックに乗っている、どうでも良いような存在の男の場所は、どうだ? そこは一番安全だろう。
脳みそは喋らない。ぷるぷると蠢いている。
俺は掌底を放つ。
ガラス容器が割れ、中の液体とともに脳みそに繋がった管が爆ぜる。
こちらを狙い、焦るように動いていた鉄仮面の人形が動きを止める。そのままバラバラになって崩れ落ちる。
「正解だったな」
終わった。
俺は先ほど引き裂いたド派手な服で出血している腕を縛り、激しい戦闘音が続いている方を見る。セラフの戦車と人型ロボット……そちらの戦いも決着がつきそうだ。
『セラフ、そのクルマの名前を決めよう』
『いまさら?』
『この賞金首の名前はドラゴンフライだったな』
『まさかドラゴンフライ号にでもするつもり?』
俺は首を横に振る。
『倒したのだからドラゴンスレイヤーだろう?』
『はぁ? トンボと竜を同じだと思っているの? 馬鹿なの? それにそれだと文字数がオーバーするから名前登録出来ないでしょ』
俺は肩を竦める。
『八文字までなのか』
『そうね』
『ドラゴンベインにしておくか』
『はいはい』
やれやれ、なんとも締まらない。