138 首輪付き25――『セラフ、フラグを立てるな』
大型のトラックにくっついているコンテナの大きさは十メートル以上ある。そこから現れた人型ロボットの大きさも同じくらいだろう。流線型のパーツと尖った鎧を組み合わせたその姿は、人というよりも鎧を纏った鬼のようだ。
『棍棒でも持ったらお似合いだろうな』
『ふふん。そこそこのヨロイみたいね。待てるかしら?』
『ここで切るのか?』
『仕方ないでしょ』
セラフがそこそこというのだから、かなり強い力を持った相手なのだろう。
現れた人型ロボットがトラックのコンテナから降りようとしている。
にしても、ヨロイ、か。確か、パンドラを搭載した人型の機械だったか。いや、身につけるタイプらしいから、パワードスーツとかそういった呼び方が正しいのかもしれない。
ブードラクィーンを倒した後に襲ってきたクロウズもヨロイを身に纏っていた。あの時は骨格が剥き出しになった四角い胴体とマニピュレーターの指を持った作業用の機械という感じの代物だった。大きさも三、四メートル程度だったな。今回はさらに大きく、人の五倍以上の背丈、しかもしっかりと人型だ。漫画やアニメーションの世界に迷い込んだかのような気分になってくる。
さすがにこの大きさの相手と生身でやり合うのは難しいか。
グラスホッパー号に搭載した機銃が動き、人型ロボットに狙いを定める。距離があるためダメージを与えることは難しいが牽制くらいにはなるだろう。
人型ロボットはコンテナから降りるのを一旦止め、手をこちらへと向ける。手からシールドが生まれる。機銃から放たれた銃弾がシールドによって防がれる。
「相手のパンドラはかなり大型のようですね」
その分、シールドも頑丈か。
人型ロボットはシールドを発生させた手をこちらに向けたままだ。
!
「カスミ、避けろ!」
俺は叫ぶ。カスミが動く。
俺の体が助手席に貼り付けられるほどの急加速を行い、その場からグラスホッパー号が逃げる。
人型ロボットの腕が飛んでくる。
シールドを展開させたまま、腕がこちらを狙い飛んでくる!
人型ロボットの腕が地面に突き刺さる。
近いっ!
大きな砂埃を巻き上げ、その衝撃にグラスホッパー号の車体も飛び上がる。飛び上がった車体が跳ねるように道路へと着地する。そのままカスミが急ハンドルを切り、衝撃を殺す。
人型ロボットの腕が大地を抉っている。
大穴を開けた腕が、持ち上がり、ゆっくりと人型へ、空を飛び、あるべき場所へと戻っていく。
「今なら……」
シールドが無い。急加速を行ったことで人型ロボットとの距離も縮まっている。
「ええ、分かっています」
グラスホッパー号の機銃が人型ロボットを狙う。だが、先ほどの攻撃の間に人型ロボットはコンテナから降りていた。そして、それを掴んでいる。
人型である理由。
自分が収納されていたトラックを掴み、持ち上げ、盾にしている。機銃の掃射が持ち上げたトラックによって防がれる。そして、それをこちらへと投げ飛ばす。トラックの運転席に座ったド派手な男の泣き叫ぶ顔が迫ってくる。
急発進、急旋回――こちらへと投げ飛ばされたトラックを抜ける。そして、抜けた先には人型ロボットが待ち構えていた。
「な、んだと」
ヤバいと思った時にはグラスホッパー号が蹴り上げられていた。グラスホッパー号が錐揉みしながら宙を舞う。
まさかの蹴り。
どちらが上か下か、分からなくなるような中、カスミがハンドルを離し、俺の狙撃銃を握っていた。
一発、二発、次々と銃弾が人型ロボットに撃ち込まれる。回転して宙を舞っている中で機械のように恐ろしい精確さだ。だが、その全てが人型ロボットの体に弾かれている。狙撃銃の通常弾程度では撃ち抜けないようだ。
特殊弾を撃ち尽くしていなければ……。
と、そこでカスミが俺を見ていることに気付く。
狙撃銃を撃ちながら、その目の片方が俺を見ている。
その目を見て、俺は……飛ぶ。くるくるとまわっているグラスホッパー号から飛ぶ。全身に力を入れ、筋肉が弾けるような力で、獣のような力で、助手席を蹴り、飛び出す。
そして、人型ロボットに張り付く。その大きな体を、重力に逆らうように駆ける。人型ロボットの胸部、剥き出しになった鉄仮面を目指し駆ける。
グラスホッパー号が重力に囚われ落ちている。地面に叩きつけられるだろう。鉄仮面はそちらを見ている。俺に気付いていない。
俺は手を広げる。部分的な人狼化。
巨大な爪を広げ、剥き出しになった鉄仮面を切り裂く。
「があああああああ!」
人型ロボットから大きな叫び声が発せられる。
俺は止まらない。止まる気も無い。
何度も切り裂き、そして、その顔を蹴り飛ばす。ぽーんとズタズタになった鉄仮面が外れ飛んでいく。
そのまま人型ロボットの体を駆け下りる。ほぼ垂直になった体。地面までの距離は4、5メートルくらいか。叩きつけられれば命はないだろう。駆け下りながら、出来るだけ砂地を目掛け、飛ぶ。迫る地面。膝を付き、転がって衝撃を殺しながら着地する。
俺はすぐに立ち上がり、人型ロボットを見る。その動きは止まっている。
『やったか、かしら?』
『セラフ、フラグを立てるな』
人型ロボットの胸部には穴が空き、中の機械部分が見えている。あの鉄仮面は頭だけで人型ロボットに接続していたようだ。
「警告。強制的にユニットが排除されました。自己防衛機能を起動します」
人型ロボットから機械的な音声が発せられる。
『おいおい、フラグを立てるから』
『ふふん。私が活躍出来るように気を利かせてくれたんでしょ』
俺は人狼化したことで治った手で頬を掻く。
「半径50メートル内の敵対反応を確認。全ての敵性反応排除後スリープモードに移行します」
人型ロボットが動き出す。
『カスミは?』
『無事でしょ』
グラスホッパー号は逆さになって転倒している。地面にめり込んでいるようだが、セラフが無事だというなら無事なのだろう。
……。
カスミを助け出したいところだが、後回しにしないと駄目なようだ。
人型ロボットが俺を狙い拳を振り上げている。
武器を扱う訳じゃないのか。
巨大な拳が迫る。
俺は慌てて走る。飛び退く。
拳が地面に刺さる。土砂をまき散らし、地面を抉る。はじけ飛んだ砂が、石つぶてが、俺の体を打ち付ける。痛みをこらえ、走る。
人型ロボットが手を背中に回す。人型ロボットの背中が開き、そこから長い棒のようなものが飛び出す。
『ここで武器か!』
『ふふん、フラグを立てるからでしょ』
人型ロボットが棒を握るとその先端から光の奔流が生まれた。昇り始めた朝日に照らされたその姿は、光の剣を持った騎士のようだ。
光の奔流からほとばしる熱気が俺まで届いてくる。
『そんなものまでありなのか』
『ありでしょ』
ますます漫画染みてきた。
あんなものを振り回されたら俺なんてあっさりと蒸発させられてしまうだろう。
俺と人型ロボットでは大きさが違い過ぎる。走って逃げ切れるようなサイズ差ではない。
『で、どうなんだ?』
『ふふん、もう着いているから。お前も自分のお馬鹿で滑稽な姿を楽しめて良かったでしょ』
俺は肩を竦める。
次の瞬間、人型ロボットが強い衝撃を受けたように揺らいでいた。
人型ロボットがゆっくりと振り返る。
そこで待ち構えていたのは戦車型のクルマ――セラフが遊びに使っていた俺のもう一台のクルマだ。