136 首輪付き23――「……ルリリ、すまない」
『ふふん。因縁の対決じゃない』
頭の中にセラフの笑い声が響く。
『因縁? こいつとは初めて会ったと思うが?』
『ふふん。お前は覚えていないのかしら? お前が背負われていた時、こいつに後ろから刺されているから』
俺が後ろから刺されている?
……。
なるほどな。
思い当たることは一つしかない。
『思ったよりも早く雪辱を果たすことが出来るようだ』
俺は構えを解き、拳と拳を叩き合わせる。
『ふふん。期待している』
俺はそのまま挑発するように手の甲を鉄仮面に向けて立て、こちらへと倒す。
「かかってきな」
「どうにも辺境には自分の実力を分かっていない者が多いようだ」
鉄仮面の男がゆらりとナイフを構える。
……こいつ、反応が――動くという識が薄い。
まるで無機物を相手にしているかのように動きが読めない。
相手の行動を読むことは難しいかもしれないが、目で見れば――動きを追えば何とかなるはずだ。危ないのは武器として持っているナイフか。
俺はそうとバレないように鉄仮面の男のナイフの動きに注視する。
次の瞬間、俺の体が吹き飛んでいた。宙を舞い、砂地を転がり、その勢いのまま駐まっていたトラックに叩きつけられる。
が、はっ。
受け身も何も取れなかった。俺はゆっくりと先ほどまで自分が立っていた場所を見る。そこには鋼鉄の足を高く持ち上げた鉄仮面の姿があった。
蹴られた? 蹴られたのか?
運が悪ければ意識を刈り取られていた一撃。
一撃でこれか。
俺は背にしたトラックに手をつけ、体の状態を確認する。口の中が血で溢れている。蹴られたのは腹か? 内臓を痛めたかもしれない。
口の中の血を吐き出す。
「そのナイフは……使わないのか?」
「使っていたら終わっていたかな? ふふふ。少し足癖の悪いものとやり合ってね。真似てみたのだよ」
使っていたら終わっていた? そうだ、こいつがナイフを使っていたらカウンターを決めて終わっていたはずだ。転がっていたのは鉄仮面の男の方だろう。こいつはそれを分かっていて、蹴りで来やがった。
「おやおや、お嬢さんのところの護衛は質が悪いようだ」
「それはどうかしら?」
俺と鉄仮面の男とは別にルリリとロデオ――商団主同士の言葉による戦いも行われているようだ。
しかし……動きが読めないのは辛すぎる。筋肉の動き、視線、予備動作、全てが殆ど感じられない。どうなっている?
『ふふん。脳以外を機械化しているからでしょ』
『つまり機械連中と殆ど変わらないと? それは俺と相性が悪い訳だ』
機械はセラフの担当だろう。
『いつから担当を分けることになったのかしら? まあいいでしょう。ふふん。これでどうかしら?』
右の目で見た鉄仮面の男の体に赤い線が入る。
『ヤツの動きか』
『ええ。ここまですれば大丈夫でしょ』
『やれやれ』
ゆっくりと、情けないほどヨロヨロと立ち上がる。口の中に溜まっていた血を吐き出し、拳で口元を拭う。
脳以外を機械化? つまり脳は生身ということだろう?
『セラフ、必要ない』
『はぁ?』
『相手が生身なら……』
次の瞬間、俺の目の前に鉄仮面の男の膝が迫っていた。
ぐちゃり。
「終わりましたかな」
ロデオ商団の商団主――おっさんのこちらを苛つかせる声が聞こえる。先ほど吐き出したのに口の中が血で溢れている。
俺はとっさに腕を交差し鉄仮面の男の膝を防いだ。いや、防いだつもりだったが……これは折れているかもしれない。
腕を見る。交差した腕の片方が――右腕が凹み、中から白いものが突き出していた。折れているどころではなかったようだ。
「……ルリリ、すまない」
俺は血を吐き出し、呟く。
「今更、謝っても駄目ですよ。お前のような子どもに価値はないのですからねぇ。さあ、センセー、そのままやってください」
おっさんの声が俺を苛つかせる。
ゆっくりとルリリの方を見れば、腕を組み、こちらを信じて微笑んでいる。
やれやれだ。
「そんな、面倒なおっさんの相手させてすまない。すぐに終わらせる。誰に喧嘩を売ったか分からせてやるさ」
折れた手を無理矢理動かし、鉄仮面の男の膝を振り払う。いや、必殺の一撃を加えるためにあえて飛び退いたか。
口の中の血を吐き出し、大きく息を吸う。
「その状態からどうするつもりだ」
鉄仮面の機械的な何処から発しているか分からない声。
手刀。
俺は左手で喉元へと迫っていた手刀を捌く。
息を吐き出し、吸う。
ナイフ。
一歩、踏みだし、鉄仮面の男がナイフを握っている手を蹴り上げる。
動く左手を回し、呼吸を整える。
膝蹴り。
体を倒し、すれ違うように鉄仮面の男の膝蹴りを躱す。
砂が舞うほどの勢いで地面を踏みしめ、構える。
振り向きながらの裏拳。
足を広げ、身を屈め迫っていた裏拳を躱す。
右拳。
動く左手で衝撃を殺しながら弾く。
左拳。
左手で弾く。
右の回し蹴り。
懐に入るように根元で勢いを殺し、右膝で受ける。
弾く。いなす。躱す。
次々と迫る攻撃を捌いていく。
刹那を見切っていく。
「な、何を!」
鉄仮面の男が大きくトラバサミのような口を開き叫ぶ。
噛みつき。
それを避ける。
ここだ。
俺は左手を伸ばす。手のひらで――掌底で鉄仮面の男の頭を軽く弾く。
ぱぁんっと弾けた音が響く。
鉄仮面の男がヨロヨロと後退り、膝を付いて前のめりに崩れ落ちる。
『何をしたの!』
セラフの声が頭の中に響く。正直、返答するのもキツいくらいだ。
『生身の脳を揺らした、だけだ』
『はぁ? そ、その前に、どうして私の攻撃ガイドライン無しで、急に避けられるになったの!』
答えるのも面倒だ。集中しすぎて脳の中が焼き切れそうだ。
『脳は生身なんだろう? 考えるのは脳だ。機械で補助していようが思考するなら読める、それだけだ』
『あ、ありえないから。計算ではなく、経験? いえ、違う。なんなの!』
攻撃ガイドラインを表示させることが出来る人工知能には言われたくない言葉だ。俺は肩を竦めようとして、腕が動かないことに気付く。
左手も限界だったようだ。
やれやれだ。
そのうち治るだろうが不便でしょうがない。
……。
鉄仮面野郎は動けなくしたが、これで終わるとは思えない。
「な、な、な、な、な、なんですとぉ! センセーがっ! お、おい、お前ら、こいつを!」
商団主のおっさんが叫ぶ。黒スーツたちが武器を構える。
まぁ、そう来るよな。
「カスミ!」
俺が呼ぶのを待ち構えていたかのように走って来たグラスホッパー号が、俺の前に――盾になるようにして止まる。
その助手席に飛び乗る。
ルリリは?
回転式連発拳銃を手に黒スーツたちと打ち合いを繰り広げている。大丈夫そうだ。
「このまま殲滅するぞ」
「ええ。任せてください」
2020年12月13日修正
商会 → 商団