135 首輪付き22――「そうか。では、俺は手加減をする」
車のライトに照らされた夜の砂漠に道が見えてくる。そう、道だ。ところどころ剥がれ落ち、歪んでいるが、しっかりと舗装された道が砂に埋もれず残っている。
俺は後ろを確認する。バンディットどもの姿は無い。完全に撒いたようだ。
舗装された道に上がり、そのまま走り続ける。
しばらく走り続けると先行していたトラックが止まった。見れば、商団のトラックを邪魔するよう道を塞ぎ駐まっている車があった。こちらの商団とよく似たトラックだ。
駐まっているのは、一、二……五台か。こちらよりも多いな。
どうやら、このトラックたちはルリリの商団を待ち構えていたようだが、荷物の受け渡しでもするのだろうか。
トラックのドアを開け、ルリリが降りる。ルリリはドアを叩きつけるように閉め、不敵に微笑みながら腕を組む。
「カスミ」
「はい」
グラスホッパー号を商団のトラックに横付けして駐めさせる。俺はグラスホッパー号がいつでも動かせるようカスミを残し、飛び降りる。
「あの車は?」
「例の商団ですわ」
俺はルリリの元まで駆け寄り、話しかける。
なるほど。確か、オフィスではマップヘッドとやり取りのある商団はもう一つあるという話だった。目の前で道を塞いでいるのがそうなのだろう。
道を塞いでいたトラックのドアが開き、男たちが降りてくる。何故か全員が黒のスーツ姿だ。ライトの明りが無ければ夜の闇に紛れて消えてしまいそうな格好だ。
さらに男が降りてくる。欠伸を噛み殺しながら降りてきた、その男は、尖った襟を立たせ、キラキラに輝く場違いなほどド派手な服を着ていた。
ド派手な男がこちらを見て、目を大きく見開く。まるで獲物を前に舌なめずりする三下のような雰囲気だ。
「ルリリ、ああ、ルリリ。君はなんでルリリなんだい?」
ド派手な男は歌うように喋り、こちらへと手を伸ばす。
「あれは?」
「ロデオ商団のロデオジュニア、ただの馬鹿ですわ」
ルリリの言葉に頷きを返す。確かにただの馬鹿だ。
「ルリリ、こんな朝早くまで起きているのは美容に悪いよ。綺麗な顔に染みでもついたらどうするんだい?」
ド派手な馬鹿は片目を閉じ、ねちゃぁとした笑いを浮かべている。ルリリは、まだ何も答えない。
「ルリリ、そろそろ例のことを考えてくれたかい? 僕と君がー、一つになるのが一番上手くいく。父親を亡くしたー、君がー、一人で商団を守るのは難しいよ。僕のロデオ商団が君のラッコ商団を守ってあげるよー」
ド派手な馬鹿は自分の言葉に酔っているのか歌うように喋っている。
「まだ寝ぼけているようですわね。寝言は寝てから言えですわ。いつから商団がお前の物になったのか、お前では話になりませんわ」
ルリリは笑みを崩さない。不敵に微笑んだままド派手な馬鹿を――その奥を睨んでいる。
「何を言っているんだい。この商団はいずれ僕のものになるんだから、僕のもので間違いないよ」
ド派手な馬鹿が長く伸ばした前髪を掻き上げる。
「話になりませんわ」
「君の商団が生き残るためだよ。安心して僕に頼ればいいのさー。それが君の父親の望みでもあるはずだよー」
ド派手な馬鹿がまたこちらへと手を伸ばす。それを見たルリリは大きくため息を吐き、動いた。
ルリリの手に、いつの間にか回転式連発拳銃が握られている。
回転式連発拳銃が火を噴く。
ルリリの早撃ちに黒スーツたちは反応出来ない。黒スーツの男たちが慌てて銃を取り出した時には、ド派手な馬鹿の頭が中央から刈り上げになっていた。ド派手な馬鹿がゆっくりと自分の頭に手を伸ばす。
「ひ、ひ、ひぃ、僕の髪があぁぁ、パパ、パパぁぁー」
ド派手な馬鹿が叫び、黒スーツの男の陰に隠れる。
「殺さないのか?」
ルリリは首を横に振る。
「さすがに不味いですわ。せいぜい頭を丸めて貰う程度ですわ」
「なるほどな」
黒スーツたちが銃を抜きながらも襲ってこないのは、あの馬鹿が生きているからだろう。さすがに戦い始めるには、まだ早いか。
「出てきたらどうかしら? その馬鹿では話になりませんわ」
ルリリが大きな声を上げる。
「あまり息子をいじめないで欲しいねぇ。お前みたいなじゃじゃ馬を貰ってやっても良いって言ってるんだからねぇ」
黒スーツの男たちが脇に避け、恰幅の良い男が現れる。
「あれがロデオ商団の商団主ですわ」
男は人の良さそうな笑みを浮かべている。だが、その男の目には先ほどの馬鹿とは違う鋭さがある。油断出来ない相手のようだ。
「悪い話ではないと思うんだがねぇ。いくらお嬢ちゃんに才能があっても経験が足りない。私の元で鍛えてやろうって話だよ」
「間に合ってますわ」
「おや、ゴンザレスの姿が見えないねぇ」
「あれなら父の後を追いましたわ」
「いけない、いけないねぇ。従業員は大切にしなくちゃあ駄目だよ。人は宝だよ。金になるんだよ」
そのように喋りながら、男は人の命なんて何とも思っていないような顔で笑っていた。
「裏切らないなら価値はありますわ。無能なだけでなく裏切るようなものは私の商団に不要ですわ」
「そうかい。裏切ったんじゃないと思うんだがねぇ。君を心配して、君のために私の商団に下るよう動いてくれたんじゃないかね。寂しいねぇ。人の気持ちが分からないのは寂しい」
ルリリが笑う。腹を抱え、楽しそうに笑う。
「なるほどですわ。あれ程度が言いくるめられるのも納得しましたわ」
「やれやれ。強情だねぇ。こんな良い条件はないと思うんだがね。こちらでも、皆さんに! 頼んで、色々と手を回したんだがねぇ」
「あの程度、無駄ですわ」
「そうだね、そのようだねぇ。あの方々も頼りにならない。上手くやってくれるって話だったんだがねぇ」
男がちらりと後ろを、トラックの上を見て苦笑している。何かあるのだろうか?
「それで次はどうするつもりですの?」
ルリリは不敵に微笑んだままだ。
「それが困った、困ったんだよ。まさかお嬢ちゃんがここまで来るとは思わなかったからね。このままやり合うのは私としても損害が出るから避けたいところだね。それにそれは商人らしくないじゃあないか」
男の言葉を聞いたルリリが俺を見る。俺は頷きを返す。
「こちらとそちら、代表を出して戦わせるのはどうかしら? 強い護衛を雇うことも商人の資質ですわ」
「おやおや、そちらから提案して良かったのかな?」
ルリリは腕を組み、唇の端を持ち上げる。
「私は、こちらのガムさんに頼みますわ」
俺は肩を竦め、前に出る。どうやら一戦やらかさないと駄目なようだ。
「なるほどなるほど。そんな子どもが、ねぇ。穏便に負けようという思惑なのかもしれないがね、こちらは手を抜かないよ。センセー、頼みます」
男の言葉にあわせ、トラックの上から金属の塊が落ちてくる。金属? 違う、全身が金属に包まれ鉄の仮面をかぶった男だ。
トラックの上から飛び降りてきた男がナイフを持ち、マントをたなびかせ、ゆっくりと立ち上がる。
気付けなかった。気配を感じなかった。先ほど、トラックの上を見たのはこいつが居たからか。
「で、お前が俺の相手か」
俺は目の前の男を見る。鉄の仮面の口が開き、トラバサミのような歯を見せる。
「私は子ども相手でも手加減しない」
俺は肩を竦める。
「そうか。では、俺は手加減をする」
肩に提げていた狙撃銃を投げ捨て、拳を構える。
相手の武器はナイフだ。狙撃銃は邪魔になるだけだろう。これで武器を捨てたと油断してくれれば儲けものだな。
2020年12月13日修正
商会 → 商団