134 首輪付き21――「いや、我慢出来る程度だから構わない」
ライトの明り受け、キラキラと光を反射する夜の砂漠――グラスホッパー号が商団のトラックとともに夜の砂漠を走る。
「寒いな」
風が吹く。昼の暑さが嘘のように身震いするほどの寒さが俺に襲いかかる。
「はい、とても」
トラックの故障によって遅れてしまった時間を取り戻すように、ルリリたち商団は陽が落ちた後も休むことなく強行軍を続けている。
そして、暗闇に灯るライトの光に誘われ羽虫が寄ってくる。
「ひーほー、肉だ。新鮮な肉だぜー」
「油を寄こせ、こんがりだぜー」
トンボのような姿なのに四つ足で駆けるふざけたマシーンに跨がったバンディットたちが夜の闇を追い払うように陽気な様子でこちらに迫っていた。
数が多い。数十、もしかすると百を超える集団――それがこちらを狙っている。
「肉をよこ、がっ」
グラスホッパー号に取り付けられた機銃が火を噴き、こちらへと迫っていたバンディットたちを吹き飛ばし細切れの肉片へと変えていく。次々と血と肉が生まれている。
「夜間なのでパンドラ残量が心配でしたが、シールド出力を上げて寒さを遮断しましょうか?」
「油をよこ、がっ」
カスミはこちらを見て涼しい顔で微笑んでいる。その間もこちらに迫っていたバンディットたちは物言わぬ骸に変わっている。
「いや、我慢出来る程度だから構わない」
「に、肉をよ、よこ……ぐふぅ」
「そうですか、ではシールドは現状維持にしておきます」
先頭を走っているトラック、その側面に開いた窓から荒くれたちが身を乗り出し、車体に取り付こうとしているバンディットたちを撃ち殺していく。トラックもバンディットに襲われているようだ。護衛として何か手を打つべきだろうか。
「肉の焦げたにおひぃがああああ」
また一人バンディットが死んだ。数だけは多いが生身である以上、銃で撃たれたら死ぬ。当たり前だ。
「寒さの件はいいとして、バンディット連中は……」
俺は迫っているバンディットたちを見る。先ほどから何人も撃ち殺しているのに数が減っている気がしない。冗談抜きで百以上の数が集まっているのかもしれない。
「あ!」
と、そこでカスミが一際大きな声を上げた。
「どうした?」
バンディットたちに何かされたとは思わないが何かあったのだろうか?
「はい。回収を依頼していた例のマシーンの査定が終わったそうです」
カスミはこちらを見て嬉しそうに微笑んでいる。その間も機銃は火を噴きバンディットたちを蹴散らしている。
「そうか」
「査定額は……なんと、五千です。正確には五千と三百四十六ですね」
5,346?
随分と半端な額だが、それでもかなり多い。
いや、それよりもだ。
「その査定されたマシーンはあの赤子のようなタイプだろう?」
カスミが腕を組み少しだけ首を傾げる。
「私には、とてもあれが赤子には見えません。ずんぐりとした全裸の人型というのが正しいのでは? 毛がなく薄汚い……それこそ浮浪者のような感じです。確かに子どものようにすべすべの肌でしたが……」
カスミは少し困った顔のまま微笑んでいる。カスミには薄汚い存在に見え、俺には赤子のように見えた。それだけのことだ。大した問題ではない。
「肉、肉、にくぅ!」
周囲は色々と騒がしいが問題無いのだろう。
「それで、そのマシーンの査定がもう終わったのか? 回収も随分と早かったようだがどうなっているんだ?」
「オフィスには専門の回収チームがあります。レイクタウンは東部では一番大きな街だけあって回収班も査定班も優秀なようですね」
「そうか」
にしても、一機で五千か。連中の大群を発見した時に倒せるだけの武装があれば、今頃は大金持ちになれていたかもしれないな。
「はい。ただ、そろそろレイクタウンから管轄が変わるエリアに入ると思います。そこからはレイクタウンのオフィスに依頼すると大きく手数料を取られます。出来れば自分たちで回収したいですね」
危険なマシーンやビースト、バンディットたちがうろつく場所で、しかも大きなマシーンを普通に回収……か。回収班とやらは俺たちよりもかなり良い装備を持っているのかもしれない。
……。
いや、それも当然か。
オフィスはこの世界を支配している機械の親玉の組織だ。所詮、何処まで行っても手のひらの上。それくらいは余裕なのだろう。いや、そうでなければ駄目だろうな。
……。
マザーノルンの支配、か。マザーノルンの支配によって世界が安定しているのなら、それを崩す必要はあるのだろうか? セラフに協力してマザーノルンを打倒することは世界に混沌を呼び込むだけなのではないだろうか。
『はぁ? 今更何を言ってるわけ?』
『思っただけだ。お前の行動が正義や善心によるものではないことは知っている。手伝うと決めたからには最後までやり切るさ』
『ふふん』
『まぁ、そんな優秀な連中が居るなら、少しくらいこちらに武装を回して欲しいものだ』
『はぁ? またそれ?』
別行動をさせてからセラフの反応が若干鈍い。裏で色々とやり過ぎて手が回っていないのかもしれない。
「とにかく……マップヘッドが近いのは朗報だな」
「はい。もう七割は終えていると思います」
「七割の肉だぜー」
「な、七割引、な、なんだな」
バンディットたちにも知性があるのか、それとも言葉に反応してオウム返ししているだけなのか、連中が会話に割り込んでくる。だが、次の瞬間には大きくため息を吐いたカスミの運転によってひき殺されていた。
[ガムさんにお伝えしますわ]
と、そこでルリリからの通信が入る。
[どうした?]
[眩しいのが行きますわ]
!
ルリリの通信が入ったすぐ後に周囲が閃光に包まれる。
閃光弾か。
光が消えた後には目を回しクラクラと頭を震わせているバンディットたちの姿があった。トラックが速度を上げる。俺たちもトラックを追いかけ、目を回しているバンディットを置き去りにして加速する。
「カスミ、あれはお金にならないのだろうか?」
「バンディットは何処にでも居る雑魚ですから、素材にもならないので討伐依頼でもないことにはお金にならないと思います」
俺は肩を竦める。
新しい武器の試射でもなければバンディットを狩る意味は無さそうだ。