133 首輪付き20――「乗りかかった船だ。俺も出来る限りのことをする」
「あのマシーンのレーザー、グラスホッパー号のシールドを貫通していたな。よくあることなのか?」
パンドラの回復を待つ暇つぶしがてらカスミに聞いてみる。
「良くはありません。ですが、こちらが特殊弾でシールドを貫通出来るように、上位クラスのマシーンの中にはシールドを貫通する武装を持ったものも居ます」
俺は肩を竦める。この赤子の姿をしたマシーンは意外にも上位クラスだったようだ。遺跡に向かう途中で、こいつらの集団と戦っていたら危なかったかもしれない。
「ところでガムさん、聞いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「では。シールドで守られていても皮膚が溶けそうな熱さの中、シールドの外に出ても無事だったのはどうしてですか?」
熱さ? 気付かなかったな。あの赤子が吐き出した炎の熱が残っているのかもしれない。
「もしかして、今もとても熱いのか?」
「ええ、とても」
カスミがとても熱そうには見えない涼しい顔で頷く。
「クルマをマシーンの残骸から離したらどうだ?」
「砂漠の熱気だけでも充分暑いです。残骸から離してもあまり意味が無いと思います」
「そうか」
「これは忠告でもありますが、ガムさんのように汗一つかかないのは異常です」
俺はもう一度肩を竦める。
「そういうカスミも汗をかいていないように見える」
「そういえばそうですね」
汗か。暑いという感覚をすっかり忘れていたようだ。太陽が容赦なく照りつける砂漠だ。暑くない訳がない。
汗一つなく涼しい顔が出来るのは人造人間くらいだろう。
暑さを思い出したからか俺の額から一筋の汗が流れ落ちる。
「気を張っていたからか、暑さを忘れるほど集中していたようだ。そうだな、確かに暑い」
「そのようですね……そろそろクルマを動かす程度にはパンドラが貯まりそうです」
カスミがグラスホッパー号を発進させる。
「マシーンの残骸はこのままでいいのか?」
「護衛途中ですから、素材は諦めるしかないと思います。オフィスには連絡しましたので討伐報酬くらいは貰えるはずです」
「そうか、助かる」
グラスホッパー号が走り、ルリリたちのところに戻る。一狩り終えた程度ではトラックの修理は終わらなかったようだ。
見ればルリリは難しい顔で腕を組んでいた。
グラスホッパー号を降り、むすっとした顔のルリリの横に立つ。
「進捗は?」
「もうすぐ終わらせますわ」
「終わらせる、か」
「ええ、終わらせますわ」
俺は肩を竦める。
「おい」
と、そこに荒くれの一人が声をかけてきた。
「なんだ?」
「怖くなってクルマで逃げたと思ったが戻ってきたのか。そのまま逃げてても良かったんだぜ」
「これは?」
俺は話しかけてきた荒くれを無視してルリリに確認する。
「好きにして構いませんわ」
ルリリは頭に手を当て、お嬢さまらしくない大きなため息を吐いている。
「おい、俺を無視して、お嬢も何を言って、よぉ!」
荒くれが俺に掴みかかってくる。その手を払いのけ、そのまま足を払い転がす。
「ルリリ、これは少し酷すぎないか?」
俺は転がった荒くれの額に狙撃銃を突きつけ、ルリリの方を見る。
「ええ。ガムさんが居てくれて助かっていますわ。そちらの首尾はどうでしたの?」
「はぐれらしいが、大型で強力なマシーンがこちらに迫っていた。ケンボクとやらに棲息するらしいタイプに似ていたな。シールドを貫通するレーザーに、シールドを瞬時に削る炎、とにかく厄介なタイプだ。なんとか倒したが、特殊弾薬も使い切って、こっちは大損だ」
「おいこら、銃をどけろ! んなマシーンの話、誰が信じるかよ」
俺は足元で騒いでいる荒くれを強く踏みつけて黙らせる。
「ため息しか出ませんわ」
「そうだろうな」
比較的安全なはずのルートを通っているはずなのに、サイのようなビーストに襲われ、砂を操るマシーンの集団に襲われ、武装商団が扱うようなトラックが故障し、それを待ち構えていたかのように強力なマシーンが現れる。オマケとして商団主の言うことを理解出来ない配下が紛れていると来た。
ため息しか出ないだろう。
「おい、足をどけろ! お嬢も何とか言ってくださいよ」
足元の荒くれはまだ騒いでいる。
「どうする?」
「先ほども言いましたわ。好きにして構いませんわ」
「お嬢、何を言っているんですか! こんなヤツと俺を比べ……」
ルリリが荒くれを見る。その目は恐ろしく冷たい。
「いくら貰ったのかしら?」
「お嬢、何を言って……」
「あなたの命と交換になったチップのことですわ」
「あ、いや、それは、お嬢、知って、いや、これは、こ、こんな軽いことで俺を殺すつもりですか! 俺は、ただ、ちょっとそこのガキに現実を教えてやろうと、それで小遣いが貰えるなら、と……」
踏みつけた荒くれが逃げだそうと暴れる。強く踏みつけ、動きを止める。
「護衛を追い出すことが軽いこと? 商団を危険に晒し、全滅させようとすることを『軽い』なんて言うような輩は私の商団に不要ですわ」
ルリリが回転式連発拳銃を引き抜く。
って、何処から取り出した?
いや、それよりも、だ。俺は踏みつけている足に力を入れる。ベキリという嫌な感触とともにそれが折れ曲がる。
「見せしめは必要だが、やり過ぎては反感を買うだろうな」
「……助かりましたわ」
ルリリの手から回転式連発拳銃が消えていた。
「どういたしまして」
足元の荒くれは気絶している。ルリリが手を下すよりもよそ者の俺が始末した方がまだマシだろう。
「目星はついているのか?」
「大丈夫ですわ」
大丈夫ではなさそうだ。ルリリは有能だが、その力に荒くれたちが気付いていない。どういった経緯で先代からルリリに引き継ぐことになったか分からないが、ルリリには人望というものが欠けているように見える。ルリリの才能があれば時間が解決してくれる問題なのだろうが、今はその時間が惜しい。
もしかすると俺はマップヘッド行きの泥船に乗ってしまったのだろうか。
『あらあら、ふふん』
セラフの随分と楽しそうな声が頭の中に響く。
『何が言いたい?』
『別に。こちらのことだから』
俺はため息を吐く。
「乗りかかった船だ。俺も出来る限りのことをする」
「助かりますわ」
この足元の、俺が踏み潰した荒くれもそうだが、こいつらは裏切りたくて裏切った訳ではないだろう。ルリリが才覚を示せば舐めた真似は取らないようになるはずだ。
裏切らないと約束した俺が護衛の仕事を完遂させよう。それが問題の解決に繋がるはずだ。
2020年12月13日修正
良くはありません → 『良』くはありません