132 首輪付き19――『いけるか!?』
工具を持った荒くれがトラックの下へと滑り込む。トラックの状態を確認しているのだろう。
俺はグラスホッパー号を降り、小休憩中の荒くれたちを指揮しているルリリの方へ歩いて行く。
「状況は?」
「確認待ちですわ」
俺は肩を竦める。
「マップヘッドに向かう途中に休めそうな場所は無いのか?」
「東部方面にはありませんわ」
東部方面?
俺たちは湖の東側から周り込んで砂漠を南下するルートを通っている。
「それなら西側から南下した方が良かったのか?」
ルリリは首を横に振る。
「確かに、いつもは西部ルートを通っていますわ」
「それなら何故?」
ルリリの言葉は続く。
「東部と西部ではマシーンもビーストも厄介さが違いますもの。今回は安定を重視した結果ですわ」
西部ルートか。俺が狩ったブードラが棲息していた森も西部にあった。あの程度ならそこまで厄介な感じはしないが奥はまた違っているのかもしれない。オフィスでも東ルートがお勧めとされていた。やはり何かがあるのだろう。
「それにですわ、休憩地点には他の商団が陣取っている可能性が高いですもの」
他の商団とは出会いたくない、か。何か揉め事が起きそうな感じなのだろうか。
「そうか」
「そうです……わ」
……それ以外にもルリリには西側ルートを通りたくない、何かの理由がありそうだった。
「休憩ポイントも確実に安全とは言えません。特殊な信号が発生している場所のため、マシーンは近づいて来ませんが、ビーストたちはお構いなしです」
カスミが休憩地点についての補足をしてくれる。
機械連中の嫌がる特殊な信号か。何かそういった信号を出す機械が地中にでも埋まっているのか、それとも電波塔でも建っているのか。一度は見に行ってみるのも良いかもしれない。
「お嬢、三番のシャフトが曲がってるようです。修理には少し時間がかかりそうです」
「修理は簡易修理のみ、最速最短でお願いしますわ。ガムさん、周囲の警戒の強化もお願いしますわ」
荒くれたちが叫ぶような返事とともに動き出す。
「分かった」
俺も俺の仕事をすることにしよう。
『急いで準備しなさい』
『どうした?』
セラフの珍しく少し焦ったような声が頭の中に響く。
『誘導に失敗したマシーンの一機がそちらに向かっているわ』
マシーンの誘導か。こいつは裏でそんなことをやっていたのか。
「こちらに迫っているマシーンがあるようだ。少し行ってくる」
「ええ。私たちはしばらく動けそうにありません、お任せしましたわ」
俺はルリリに頷きを返し、グラスホッパー号に飛び乗る。運転席に座ったカスミがセラフの指示でマシーンの元へ向かう。
こちらへと迫っていたのは二足歩行で動く赤子の姿をしたマシーンだった。遺跡に向かう途中で見つけたマシーンの集団の中にあったものとよく似ている。
赤子姿のマシーンもこちらに気付いたようだ。その機械の目が赤く光る。
『確か、教授はケンボクに棲息しているマシーンだとか言っていたか』
俺はすぐに狙撃銃を構え、こちらへ動き出した赤子のようなマシーンを狙う。
狙うのは眉間。
引き金を引く。
撃ち出された銃弾がドシドシと砂を舞い散らせ駆けてくるマシーン――その額部分で弾けた。見えない壁に揺らぐような波紋が広がっている。
「シールドか。厄介な」
シールド持ちのマシーン……この狙撃銃ではキツいかもしれない。
「接近します」
カスミがグラスホッパー号の速度を上げる。俺は助手席から荷台へと移り、機銃に弾薬を繋げていく。
『デカい』
『ふふん。大きいだけではないから気を付けなさい』
近寄ると赤子のサイズが分かる。
5、6メートルクラスか。見上げるような大きさだ。
「避けます!」
カスミの声を聞いた俺は振り落とされないように機銃を掴む。グラスホッパー号が速度を維持したまま車体を傾けるように蛇行する。俺の体に強い負荷がかかる。そのグラスホッパー号の横を泥の塊のようなものが通り抜ける。
見れば赤子が手を振り回し、泥団子のようなものを投げ放っていた。次々と飛んでくる泥団子をグラスホッパー号が避ける。
俺は体にかかる負荷を跳ね返し、機銃を赤子のようなマシーンへと向ける。
機銃が唸りを上げ、火を噴く。特殊弾がマシーンのシールドを突き破り、その表面を削る。次々と皮膚のようなコーティングが剥がれ、中の機械部分が剥き出しになっていく。
『いけるか!?』
「っ!」
カスミが声にならない声で叫び、急ハンドルを切る。
赤子の口が開き、そこからドロドロとした赤熱に燃える炎があふれ出す。迫る炎をグラスホッパー号のシールドが防ぐ。だが、恐ろしい勢いでパンドラの残量が削られていく。
その間も機銃を撃ち続ける。
……!
装填した弾がなくなり、機銃がカラカラと音を立てて空回りする。だが、まだマシーンは動いている。
シールドを貫通する銃弾を受け、体勢を崩し、這うような体勢になりながらもこちらへ手を伸ばしている。吐き出した自身の炎で片手が溶け、顔面のコーティングは剥がれ中の機械が剥き出しになっている。
それでも動いている!
マシーンの赤い目が光る。そこから俺を狙い、一瞬にしてレーザーのような閃光が放たれる。
俺は機銃から手を離し、飛ぶ。その横をレーザーが突き抜ける。空中で狙撃銃を構え、剥き出しとなった内部の機械を狙う。
引き金を引く。
そのまま砂へと飛び込み、転がり、すぐに体勢を整える。
マシーンの頭部が爆発する。だが、胴体はまだ動いている。這うように、何かを探すように手を伸ばし、動いている。
俺を回収するために走ってきたグラスホッパー号に手を振り、飛び乗る。狙撃銃を構えたところでカスミが首を横に振った。
「後はパンドラ生成弾で大丈夫です」
機銃が動き、マシーンを撃ち砕いていく。
『なかなか厄介なマシーンだ』
『装備が貧弱なだけでしょ』
俺は肩を竦める。
「パンドラの回復を待って戻りましょう」
俺は頷きを返す。
まだ道程の半分も進んでいないだろうに用意していた弾薬を使い切ってしまった。
これでこの後も戦えるのだろうか?
不安が残る。
だが、それでも進むしかない、か。
2020年12月13日誤字修正
私たしはしばらく動け → 私たちはしばらく動け