130 首輪付き17――『お前が何かやった訳じゃないだろうな?』
「お前は――お前たちは食料を必要としないのか?」
セラフが食事を必要としないのは当たり前だが、人造人間もそうなのだろうか。
「これはお伝えしても良い情報なのか……あ、はい、分かりました。少量の水があれば一週間は問題ありません」
少量の水で、か。人造人間が水からなんの活力を得ているのか分からないが、それだけで動けるとは随分と省エネな体をしている。
『セラフ、お前がカスミに伝えても良いと命令したみたいだが、別にお前が教えてくれても良かっただろう』
セラフからの返事は無い。わざわざカスミに言わせたことに何か裏があるのではないだろうかと勘ぐってしまう態度だ。
と、そんなことを考えていると右目の視界に赤い点が一つだけ灯った。どうやら敵のお出ましのようだ。随分とタイミングが良い。
「カスミ、敵だ」
「はい」
グラスホッパー号が速度を上げ、併走していたトラックを追い越していく。一応、護衛として雇われている以上、それらしい仕事はしておくべきだろう。
まだレイクタウンからあまり離れていない緑が残っているエリアだ。こちらに気付き、敵対したのは、たいしたことのないビーストだろう。マシーンの類ではないはずだ。
見えてきたのはミサイルランチャーを背負ったサイだった。
……。
訂正だ。
灯った赤い点は一つだった。集団ではなく、単独で行動している。もしかすると、それなりの強さを持ったビーストかもしれない。
『いつからここは動物園になったんだ』
『ふふん。環境に適応出来るか実験でもしたんでしょ』
サイがこちらを目指し、砂埃を上げて突進している。ぶつかればグラスホッパー号程度は簡単にひっくり返されそうな突進だ。それだけではない。サイが背負ったミサイルランチャーが角度を変え、中のミサイルが発射されようとしている。
『環境に適応させる実験にミサイルランチャーが必要な理由を教えてくれ』
『厳しい生存環境を生き抜くためでしょ』
『ふざけているな』
俺は狙撃銃を構える。
狙うのはサイの足。
引き金を引く。
放たれた銃弾がサイの足に命中し、肉を抉る。確かな手応え。だが、サイの足は止まらない。
俺は続けて二発目を撃つ。
次弾はサイのミサイルランチャー、その発射口に命中する。巻き起こる爆発。発射されようとしていたミサイルがランチャーの中で爆発したのだろう。
背中で爆発の起きたサイが体勢を崩し倒れる。走っていた勢いのまま転がる。だが、この程度では終わらない。
『まだ生きているのか』
サイは、こちらに狙いを定めたまま、よろよろと立ち上がろうとしている。ミサイルランチャーは無くなった。だが、角の生えた突進だけでも脅威だ。
俺はグラスホッパー号の荷台に置かれた箱から狙撃銃用の弾薬を取り出し、装填する。
『これも通常よりは優れた弾薬なんだよな?』
『もちろん』
サイの眉間を狙う。
多くの生き物が頭を――脳を弱点としている。体に指令を出す部位だから当然だ。だが、当たり前のように弱点は隠され、守られている。硬い皮膚、硬い頭骨などなど。このサイにはドリルのような角までくっついている。
だが、貫通に特化した銃弾ならどうだ?
立ち上がることに全力なサイは俺の銃弾を回避出来ないはずだ。
引き金を引く。
放たれた銃弾がサイの角に隠された眉間を貫く。サイがビクンと体を震わせ、そのまま倒れた。
もうサイが起き上がることはないだろう。
[お見事ですわ]
グラスホッパー号に取り付けられた通信機にルリリからの通信が入る。
『いつ、商団と通信のやり取りが出来るようにした?』
『ふふん。あれが勝手にやったことでしょ』
カスミ、か。あれ扱いはかわいそうだと思うが、相手がセラフの時点で何か言うだけ無駄だ。諦めた方が良いだろう。
「ありがとうございます。周囲に……他のビースト、マシーンの気配はないようです」
[分かりましたわ。移動を続けましょう]
カスミが通信を終える。
「町の近くに現れるような強さでは無かったな」
「はい。群をはぐれたビーストが力を付け、食料を求めて町を狙ったのかもしれません。オフィスに情報が集まることも無く、これだけ町に近づいていたのですから、そのうち賞金がかけられていたかもしれませんね」
「レイクタウンには悪いが、賞金首になってから出会いたかったな」
「そうですね。このままでは弾薬費分、赤字ですね。レイクタウンのオフィスに連絡して、あのビーストを回収して貰うようにしましょう。いくらか弾薬費の足しになると思います」
「弾薬費の足しに……なる? 待て待て、さっき、俺が使った弾、一発いくらだ?」
「少々お待ちください」
カスミは俺の問いに答えず、通信機を介し、オフィスとのやり取りを始めている。
俺が思っているよりも特殊弾薬は高く貴重なものなのかもしれない。
『ふふん。弾はパンドラで生成するのが普通だから当然でしょ』
あっさり倒せたと思ったが、あっさり倒せただけの理由はあったのか。普通に戦っていたら苦戦したのかもしれない。
いや、それは生身や攻撃力に乏しいグラスホッパー号でまともに戦ったら、の話だろう。戦車タイプのクルマを使っていれば苦戦はしなかったはずだ。
その程度の相手だ。
だが……。
『いきなり強めのビーストに出会す、か。幸先が良すぎるな。この後も何か起こりそうな気がする』
『ふふん。良かったじゃない』
『お前が何かやった訳じゃないだろうな?』
『すると思う?』
さすがに、いくらセラフでもそこまではしないと思いたい。
俺の予感は外れ、その後は何事もなく、平和な旅程が続く。バンディットに襲われることも無く、現れるビーストも雑魚ばかりだ。
夕食時にはルリリに破格の値段で食料と水を分けて貰う。
「本当に破格の値段だな」
「はい。手持ちのお金が全て無くなりました」
カスミが空っぽの財布を振っているような仕草をしている。
「護衛をしているのだから、もう少し安くしてくれても良いと思うのだが……」
「そこは商人ですから、取れる時に取ろうとしたのでは?」
俺は肩を竦める。
「そこはこれからの関係性を重視して欲しいな」
準備をしていなかったこちらが全面的に悪い。それは分かる。商団主には商団と荷物への責任がある。それも分かる。食料を分けてくれただけでも大きな譲歩だったのかもしれないが、それでも小言を言いたくはなってしまう。
弾薬に食料。
『一向にお金が貯まらないな』
『ふふん。無駄遣いが多いからでしょ』
『お前には言われたくないな』
セラフがお金を使っている訳では無いが、それでもセラフには言われたくない。
そして翌日。
俺たちは砂漠に入る。
そこで俺たちはマシーンの集団に襲われた。




