128 首輪付き15――『困ったな』
ルリリの商団――そのまとめ役だと思われる眼帯と最悪の出会いを終え、俺は戦車の中で腕を組み考える。
『困ったな』
『ふふん。このクルマの名前をまだ決めかねていることかしら』
『バタバタと忙しかったからな……いや、確かにそのことも悩ましいが、今、俺が考えているのはそれじゃない。普通に考えて分かるだろう』
セラフには、今回の厄介ごとすらどうでも良いことなのかもしれない。マップヘッドへ向かうこと、そこのマスターから支配権を奪うこと。そのことしか考えていないのだろう。
『ふふん。他にお前が悩む必要なんてあるのかしら』
『あるだろう。あの眼帯の勢いに乗せられて、つい、もう一つの隊商に行くなんて言ってしまったが、そのつもりはない。これからどうしようと思って、だ』
ルリリと出会ってしまったことで厄介ごとが増えている気がする。
『ふふ、そんなこと』
セラフにとって今回の厄介ごとは本当にどうでも良いことらしい。
『素知らぬ顔でルリリの商団に合流するつもりか? それはなんというか情けないだろう』
『ふふん。お前が言った言葉を覚えている者、知っている者が居るなら、の話でしょ』
『それはどういう意味だ?』
セラフのこちらを馬鹿にしたような笑い声が頭の中に響く。笑い声が返事の代わりらしい。
「ふふん、行きなさい。場所は分かっているでしょ」
突然の独り言――邪魔にならないよう、この戦車の中でも俺の背後に控えていたカスミだ。
カスミ?
いや、セラフか。
「はい、分かりました」
カスミが言葉を返す。傍から見ると自分で自分の言葉に返事をしている危ない奴だ。
『何をさせるつもりだ』
『ふふん』
セラフは何をするつもりなのか答えない。
一つ小さく頷いたカスミがハッチを開け、戦車から飛び出す。
本当に何をさせるつもりだ?
しばらく戦車の中で待つが何も起こらない。このままここで寝てしまおうかと思ったところで変化があった。先ほどまで外の様子を映し出していたディスプレイに何処かの廊下が表示されている。
「お嬢、こんな時間に……お休み中すいません」
廊下? これは宿屋か?
そして、そこには扉をノックする眼帯の姿もあった。
『セラフ、これは?』
『ふふん。見れば分かるでしょ』
眼帯がノックした扉からルリリが現れる。休んでいたとは思えない完全武装だ。
「こんな時間に何の用かしら?」
ルリリの声も聞こえている。
映し出されているのはルリリが泊まっている宿屋だろう。外の映像が、この室内に切り替わったのは、カスミが動いてからだ。
『これはカスミが見て、聞いていることか』
『ふふん。その通り。扱える領域が増えたことで、出来るようになったことの一つね』
カスミを目として使えるということか。
目として動ける人形の能力次第では非常に役立つことだろう。
「お嬢、少し、話したいことがあります」
「ええ。分かりましたわ。このまま立ち話でよろしいかしら?」
ルリリの目が一瞬だけこちらへと動く。
『眼帯は気付いていないようだが、カスミが隠れてのぞき見していることは、ルリリにバレてるな』
カスミは元オフィス職員だが、窓口担当でしかない。人造人間らしく人よりは高性能なのかもしれないが、潜入したり、隠れたりはあまり得意ではないのだろう。
「では、手短に話します」
「ええ」
俺がそんなことを考えている間もルリリと眼帯の会話は続いている。
「お嬢が連れてきたガキですが、裏切って逃げ出しました」
眼帯の言葉を聞いたルリリが呆れたように大きなため息を吐き出す。
「失望しましたわ」
「お嬢の期待していたガキが、こんなことになったのは残念でしょうが、俺たちが居ます。俺たちが居ればよそ者なんて必要ありません」
ルリリが首を横に振る。
「失望したのはあなたにですわ」
「お嬢、それはどういう意味で……」
「あなたが無能、いえ、害悪だということですわ」
「お嬢、それはどういう意味で?」
先ほどと同じ眼帯の言葉だが、そこには抑えようのない威圧が込められていた。だが、ルリリには効いていないようだ。
「お父様の代から働いてくれていたのですから、本当のことを言えば許すつもりでしたの。無能でも顔だけは広いようですから。でも、嘘や誤魔化しをした時は終わらせるつもりでしたの。見逃すのも限界ですわ」
「お嬢、それは……」
「あなたが商団を私物化していること、商品や情報を横流ししていること、知らないと思っていたのかしら」
「お嬢、お言葉ですがね、商団はきれい事じゃあやっていけません。お嬢は、まだ分からないかもしれませんがね、俺がやっているのは商団存続のためを思って……」
眼帯の言葉をルリリの大きなため息がかき消す。
「無能な働き者は怠け者よりも害悪ですわ。あなたもそう思うでしょ?」
ルリリがこちらを見る。見ている。
「お嬢、何を言ってるんですか。俺を怒らせたいんですか! お嬢はお飾りらしく部屋で大人しく……」
眼帯がルリリの腕を掴まえようと手を伸ばす。だが、そこにルリリの姿は無い。次の瞬間にはルリリの回転式連発拳銃が眼帯の額に向けられていた。
「これが退職金ですわ」
銃声。
眼帯の男がゆっくりと崩れ落ちる。
ルリリが再びこちらを見る。
「これの片付けをお願いしてもよろしいかしら? それでのぞき見していたことは不問にしますわ」
ルリリは間違いなくカスミに気付いている。眼帯を部屋に入らせないことであえてこの結末を見せてくれたのかもしれない。いや、もしかすると部屋を汚したくなかっただけなのかもしれないが。
「それではおやすみなさい。また明日ですわ」
ルリリの部屋の扉が閉まる。
やれやれ。
カスミが処理をすることも計算のうちなのだろう。
分かっていたことだが、いいように扱き使われている。