127 首輪付き14――「武装商団?」
「私を裏切らないことですわ」
ルリリの提示した条件を聞いた俺はすぐに言葉を返すことが出来なかった。
人を裏切らない。
俺の中に眠っている価値観では当たり前のことだ。だが、今のこの世界では得がたく貴重なものなのだろう。それこそ砂漠でコンタクトレンズを探すようなものだろうか。
そして、それを条件に出すということは……このお嬢さまは裏切られ続けているということだ。
信じたいのだろうか。
『ふふん。裏切って欲しくないから条件に出すんでしょ』
『そうだな、その通りだ』
俺は頷く。
「……分かった」
裏切らない。
思わず肩を竦めたくなるほど厄介な条件だ。言葉では何とでも言えるからこそ難しい。
「ええ、お願いしますわ」
ルリリは何処か疲れた様子で微笑んでいる。自分を裏切らないようにと条件を出したルリリ自身、その約束が守られると信じていないようだ。俺とルリリは偶然出会い、少し話をしただけの関係だ。そんな俺の言葉、ルリリは信じないかもしれない。だが……。
『そうだよな』
『だから、何?』
『約束したからには守るってだけのことさ』
『ふふん。そんなお馬鹿なことを約束するとか、随分と甘い』
『これが俺だからな』
セラフには分からないことかもしれない。だが、これは俺が俺であるためのルールだ。
「それと、ガムさんさえよければ依頼も受けて欲しいですわ」
ここまでは俺がマップヘッドに入るため――この商団に紛れ込ませて貰うための条件だ。そして、ここからが依頼だ。
「内容は?」
「配下の者たちにガムさんを護衛に雇ったと紹介しますわ」
「ああ。それで?」
護衛に雇ったと紹介する、と。つまり、依頼の内容は――目的は護衛ではないということか。
「その後は流れでお任せしますわ」
俺は肩を竦める。ルリリは依頼の内容を言わない。これで分かると思っているのだろう。
「俺を商団の膿出しに利用するつもりか? それが依頼か」
ルリリが日傘をくるくると回し微笑む。先ほどとは違い獲物を狙い定めたかのような油断ならない微笑みだ。
「その通りですわ」
ルリリの言葉を聞き、俺はもう一度肩を竦める。随分としたたかなお嬢さまのようだ。
「俺が護衛になると、それだけの反発があるということか。ルリリの商団は、身内以外を受け入れないような商団なのか?」
ルリリは小さくため息を吐き出す。
「ガムさんが強そうに見えないからですわ。クロウズのランクも低すぎて護衛として雇うには駄目駄目すぎですわ。普通に考えれば駆け出しを卒業した程度、私の商団には釣り合わない、態度だけが大きな子どもにしか見えませんわ」
「そんな俺を使うのか?」
酷い言われようだ。
「そんなガムさんだから依頼するのですわ。私がガムさんを気に入って強引に雇ったことをどう思うか、ですわ」
ルリリは俺に関する情報を得ているはずだ。その情報をどう判断したか分からないが、言葉とは裏腹に俺を高く評価してくれているようだ。
「ガム様、クルマを持っているクロウズというのはランク以上の価値があります。オフィスを介さない個人的なやり取りならランクが低くても雇うことはあり得るでしょう」
カスミが小さな声で俺に助言するように呟く。元オフィス職員がそう言うのであれば、そうなのだろう。
「それで?」
「ガムさんの力を見せつけて欲しいですわ。クルマを見せればどんな間抜けでも気付くはずですわ。それでも分からなければ他の商団に行くと脅しかけて欲しいですわ」
もう一つの商団を利用するのか。パワーバランスが変わるとなれば、それがどんなに小さな力でも容認出来ないだろう。
「随分と俺を都合のいいように扱うつもりのようだ」
「ええ。だから依頼したいのですわ。ガムさんを商団の下っ端としてお供させるのは難しいでしょう?」
依頼を断れば俺は商団の下っ端扱いでマップヘッドに向かうことになる、と。確かにそれよりはマシだろう。
「報酬は?」
「クルマ用の武器を探していると聞きましたわ」
「耳聡いな」
「あちらのクルマに取り付けられているものと同じレベルの対戦車砲がありますわ」
ゲンじいさんに主砲を頼んでいたが、それよりも良いものが手に入りそうだ。
「ルリリの商団は武器を扱っているのか?」
「私の商団が扱っているのは主に食べ物と水ですわ」
「そうなのか」
食べ物と水、か。まともなものを扱っているのは意外だ。
「ルリリ様の商団は東部で一番の武装商団です」
俺の背後に控えたカスミが情報を追加してくれる。勿体ぶって何も言わないセラフとは大違いだ。
「武装商団?」
「ええ。貴重なものを扱っているからこそ、強い力が必要になるのですわ」
水と食料。ああ、この時代、この世界だと、それが貴重になるのか。だから、強い力を持った商団でないと扱えない、と。
「ふふん。では、大量の銃器を積み込んでいたのはどうしてかしら? 自分たちで使う用とは思えなかったのだけど」
カスミの雰囲気が変わる。セラフがカスミの体を乗っ取ったのだろう。俺がセラフのことを考えたからか? 考えすぎだろうか?
「マップヘッドで必要とされているからですわ」
「ふふん。奴隷しか居ない場所で必要? 面白いことを」
「ええ、面白いことですわ」
ルリリは口に手を当て微笑んでいる。
「それで俺はいつ行けば良い?」
「クルマの整備も終わっているようですし、ガムさんの準備が出来ているのなら、今すぐがよろしいですわ」
「分かった」
ルリリが俺を見る。
「ガムさんの武器はこちらで用意しますわ。これはサービスですわ」
どうやら俺が何も持っていないことを気にしてくれたようだ。
「ああ、助かる」
そして、向かった先で商団主が予想していたとおりの馬鹿馬鹿しいことが起こった。