126 首輪付き13――「あんたがこのクルマの持ち主だったのか」
マップヘッドとやり取りをしている商団は二つあると窓口の女に教えて貰う。だが、その二つとも今の俺のクロウズのランクでは紹介出来ないと断られてしまった。レイクタウンのオフィスを支配下に置き、マスターに伝手があっても出来ない事はあるようだ。
セラフ、思っていたよりも役に立たないな。
「ガム様、個人が相手ならランクを気にしない方もいるでしょう。ですが、商団規模の護衛に関わるのであれば相手への信用としてランクが20以上は欲しいところです。上級の商団に関わるとなれば30以上は必要になるでしょう」
元オフィス職員のカスミがフォローして教えてくれる。なるほどな。
『不要だと思っていたが、こういうことがあるならランクを上げておけば良かったな』
『ふふん。頑張って今のランクなんでしょ』
俺は肩を竦める。俺は自分が、今、どれくらいのランクなのかも把握していない。それだけランクというものを気にしていなかった。気にする必要もなかった。
『ランクにこだわって依頼を受けていないから仕方ないな』
しかし、こんなことで躓くとは思わなかった。
……。
だが、それなら、何故、セラフは俺をオフィスへと向かわせた? マップヘッドに潜入するためにオフィスから商団を紹介させる――それが俺をオフィスへと向かわせた理由だと思ったのだが外れていたようだ。
セラフは何を考えている?
「あー、ガムさん、これはここだけの話なんですが……」
窓口の女が周囲を見回し内緒話をするように顔を近付けてくる。
「なんだ?」
「その商団のトップさん、乗っているクルマの修理をくず鉄屋に依頼しているそうですよ。運が良ければ会えるかもしれませんね」
「分かった。情報をありがとう」
なるほど。これか。この情報のためにセラフは俺をオフィスに向かわせたのか。
ゲンじいさんが整備していたクルマはマップヘッドとやり取りのある商団のものだったか。
なるほどな。
『だが、セラフ』
『ふふん。有益な情報が手に入って良かったじゃない』
『ああ、そうだな。だが、お前が一言教えてくれていれば、ゲンじいさんのところで待っているだけで良かっただろう? オフィスまで来る必要はなかったはずだ』
『ふふん。やっぱり馬鹿、お馬鹿。ここに来させた意味を分かっていないんだから、本当にお馬鹿でしょ』
わざわざ俺をオフィスまで来させた意味?
俺がオフィスに来ることに意味があったからか?
な……るほど。俺がオフィスから情報を得た、という形を作りたかったのか。それだけ、その商団のトップは用心深く、情報を得ていなければ商団のトップだと気付けないような人物ということか。すでに知っていたとしても、情報の入手先を作っておく必要があったのか。
俺たちはゲンじいさんのところに戻り、そこで商団のトップがやって来るのを待つ。ゲンじいさんの商売の邪魔をしていることになるが、そこは俺自身がじいさんの仕事の手伝いを行い、大目に見て貰う。
「筋がいい。このままクルマの整備士になったらどうだね?」
「儲かるならそうしたいところだよ」
そして、トリコロールカラーの玩具みたいな戦車の整備が終わり、グラスホッパー号の整備、戦車の主砲の換装が終わったところで、タイミング良く、その玩具のような戦車の持ち主がやって来た。
「このようなところで会うとは意外ですわ」
それは服と銃火器を買いに行った時に出会ったお嬢さまだった。
こんな世の中で意味があるとは思えない先端がドリルのようになったお洒落な髪型に汚れ一つ無い綺麗すぎるドレスを身に纏ったお嬢さま。しかも今日は日傘まで差している。
「あんたがこのクルマの持ち主だったのか」
「わたくし、名前は名乗ったはずですわ」
お嬢さまは楽しそうに日傘をくるくると回している。
「ああ、そうだったな。ルリリがこのクルマの持ち主だったのか」
「よろしいですわ」
ルリリは満足そうに手で口元を隠しながら微笑んでいる。
「だが、ルリリ、こんなところって言ったらゲンジイに怒られるぞ」
「クルマを持っているものにしか意味の無い場所で、という意味ですわ」
「俺がゲンジイに雇われている整備士だとは思わないのか」
ルリリが目を細める。
「あら? 私を馬鹿にしているのかしら」
俺は肩を竦める。
「ルリリのクルマの整備はとっくに終わっている。随分と遅かったな」
グラスホッパー号の整備と主砲の換装が終わるほど待たされるとは思わなかった。
「ええ。どなたかがオフィスで商団の情報を探っていたようでしたから、その確認をして遅れてしまったのですわ」
俺は思わず口笛を吹きそうになる。このお嬢さまは随分と有能なようだ。カスミの知り合いなら、そこから情報を仕入れたことにするため、オフィスに向かったこと自体が無駄になってしまったかと思ったが、しっかりと繋がってくれたようだ。
「それで何か面白いことでも分かったか?」
「ええ、それはとても」
この女、少女の姿をしているが、その見た目の年齢に騙されては駄目なタイプのようだ。いや、こんな荒れ果てた地でお嬢さまのような格好をしている時点で普通ではない。
伊達に商団のトップはやっていない。
俺は腕を組む。
「話がある」
「ええ。分かっていますわ。マップヘッドに入ることなら協力してもよろしいですわ」
「話が早くて助かる」
「ただし条件がありますわ」
「当然だな」
俺は頷く。こんな世の中で無条件に人助けしているような奴では逆に信用出来ない。
「それは……」
それは俺の嫌な予感が的中した瞬間だった。