122 首輪付き09――『はいはい、俺の負けだ』
「さて、まずはお前たちに言わなければならないことがある」
俺は威圧するように殺気を込め、襲いかかろうとしていた荒くれどもを睨み付ける。連中の足がそれだけで止まる。俺を囲んでいる荒くれたちの数は十人ほど。全員が参加していないのはまだ救いが残っている。
だが、それでも……半数が参加、か。
「俺が依頼を受けたのはお前たちの主である商団主からだ」
「な、何を言っていやがる」
「ガキが! んなことは分かってる!」
俺の殺気に触れ、後退っていた荒くれたちが叫ぶ。
「分かっていないな。俺はお前たちから依頼を受けた訳じゃない。その意味を分かっていないようだ」
「だから、んなことは分かってるって言ってるだろうが!」
俺を取り囲んでいた荒くれの一人がヤケクソのように叫び、襲いかかってくる。俺は殴りかかってきた荒くれの一撃を、身をかがめて躱し、そのまま下から上に、持ち上げるように掌底を放つ。荒くれの顎がぐちゃりと潰れ、その体が数センチほど浮く。
「分かっていないようだ」
俺は肩を竦め、足で自分を中心とした小さな円を描く。
「少しは出来るか。それで勘違いし、思い上がっているようだな。相手は一人、しかも武器は狙撃銃だけ。囲めば終わりだぞ。思い上がっているガキに世間の厳しさを教えてやれ」
眼帯の男の号令を受け、後退っていた荒くれたちの顔にやる気が戻る。その程度の統率力はあるようだ。
「お前たちが言うところのお嬢さまが、この狙撃銃を選んだんだがな」
俺は周囲の荒くれどもを見る。
相手は暴力になれた連中だ。数を集め、銃ではなく暴力で痛めつけることによって相手を恐怖させる。大切な、大切な、お嬢さまによそ者を近寄らせないようにするためには、それが効果的なのだろう。
だが、相手が悪かったな。
「俺はこの地面に描いた円から外には動かない。遠慮せず、かかってこい」
「動けないの間違いだろうが!」
「死ね!」
俺の挑発を受け、取り囲んでいた荒くれたちが一斉に襲いかかってくる。殴りかかってきた荒くれと荒くれをのけぞるように躱し、腕を交差させるように掌底を放つ。二人の男の動きが止まる。そのまま掴み、二人を地面へと叩きつける。身を捻り、後ろから迫っていた荒くれを蹴り上げる。これで四人。
こちらを掴みかかろうとしていた荒くれの手を払いのけ、肘鉄を落とす。五人。
股を広げるように飛び上がり左右の荒くれを蹴り上げる。七人。
迫る荒くれたちを掌底で眠らせる。八、九……。
十。
……。
自分が描いた円の中から周囲を見回す。他に荒くれは……残っていないようだ。荒くれたちは俺の足元で痛む体を押さえ、転がっている。
後は指示を出している眼帯だけだ。
「な、ななんだ、お前は!」
眼帯の男が叫ぶ。
「お前が侮っていた小僧だろう? 試すと言ったな。俺もお前たちを試させて貰った。結果はご覧の通りだな」
俺は両手を広げ、荒くれたちが転がっている状況を示す。
「こ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか!」
眼帯の男は叫んでいる。怯えるように後退りながら叫び続けている。
「お前は勘違いをしている。間違いを正してやろう。何度も言うが俺が依頼を受けたのは商団主からだ。それを試すだと? お前たちは自分たちの主の能力を疑った!」
「な、何を! 俺は、いや、俺たちは世間知らずのルリリお嬢さまが騙されないように……」
俺はため息を吐く。本当に分かっていない。
「それを商団主から頼まれたか? お願いされたか? 試すと言ったが、その後のことを考えていたか? 俺の外見とクロウズのランクだけで判断し、侮っていたようだが、それによってどうなるか考えていたか?」
自分たちの方が上だという思い込み。それが間違っていた時にどうなるか分かっていない想像力の欠如。こんなことをしていれば商団の評判がどうなるかを考える脳みそも持ち合わせていない。
「俺たちは先代から受けた恩を返すために、お嬢さまを守るために……」
眼帯が呪文のように言い訳を呟いている。俺はもう一度、ため息を吐く。本当に救いようがない。
「先代からの恩? 義理? お嬢さまのため? 何を言っている。お前たちはお前たちが居心地の良い場所を壊したくないだけだろう」
「そ、それの何処が悪い! 先代の、ザンダ兄貴が居た時のラッコ団は最強の武装商団だったんだぞ! 俺たちはそれを取り戻すために、守るためにやっているだけだ!」
眼帯が叫び、懐から拳銃を取り出す。
「まだ分かっていないようだ」
俺は片手をあげる。それにあわせ俺たちの立っている場所へと砲撃が飛んでくる。
「な、なんだと」
砲撃の爆発によって拳銃を落としそうになっていた眼帯が慌てて振り返る。そして、わなわなと震えだした。
「く、クルマだと!」
「俺のクルマだ」
セラフが遠隔操作した戦車タイプのクルマ。その砲塔が眼帯の男に狙いを定めている。
「クルマ持ちが何故!」
眼帯がこちらへと振り返り叫ぶ。
「何故? お前たちの商団主に依頼されたからだろう」
「あっ」
眼帯の顔が情けなく歪む。自分たちのやったことに今更ながらに気付いたようだ。
「さて、俺もお前たちを試させて貰った。商団主には悪いがこの護衛はキャンセルさせてもらう。封鎖されたマップヘッドへ入るため、俺としても悪い話ではないと思って引き受けた依頼だったが、配下がこの状況では話にならない」
「ま、待ってくれ。これは俺たちが勝手にやったことだ。ルリリお嬢さまは関係ない」
「そうだろう。で、それがどうかしたのか?」
「クルマ持ちのクロウズは貴重だ。それが護衛に付いたとなれば……」
「それで?」
俺と眼帯が話している間に戦車が無限軌道を動かし、こちらへやって来る。
「こ、こんなことをやって虫のいい話かもしれないが護衛を……」
「本当に虫のいい話だ。確か、マップヘッド行きの隊商はもう一つあったな。俺はそちらに行かせて貰う」
俺は戦車のフェンダーに手をかけ、そのまま搭乗ハッチへと飛び上がる。
「待ってくれ! それは困る! それが一番困る。そ、それだけは……」
俺はため息を吐き、少しだけ振り返る。
「困る? 最後まで自分の都合か」
「あんたが、あんたが! 最初からクルマ持ちだと教えてくれれば、俺たちもこんなことはしなかった!」
「そうか、それで?」
俺は転がっている荒くれたちを見る。命は奪っていない。これを見れば、クルマがなくても充分役に立つと思うのだが、それでもクルマなのか。クルマに負けたようで少しだけ悔しい。
『ふふん。お前が一人でクルマを破壊出来るなら、そう思えば?』
『はいはい、俺の負けだ』
俺は情けなく叫んでいる眼帯を無視し、戦車の中に入る。
さて、そろそろ種明かしをしようか。
今回の話、そもそもの発端は、俺が商団主のルリリに出会ってしまったことにあった。