121 首輪付き08――『これはこれで新しい展開か』
「それではガムさん頼みましたとおり、お願いしますわ」
「ああ、任せてくれ」
話を聞き、俺は商団主の依頼を受けることにした。
「ところで、そちらのお連れの方の雰囲気が……声が変わったのは、何かあったからかしら?」
俺の背後に控えていたカスミを見る。
「ふふん。気にしなくても大丈夫だから。私は私の仕事をするだけでしょ」
カスミの体を借りたセラフが手を振り、この場から離れる。
カスミの声が変わった、か。なかなかに鋭い。いや、今の段階だと、まだ『セラフの手足』を増やしたで収まる範囲だろうから、そこまで気にする必要もないか。
「では、商団に案内してくれ」
「ええ。ご案内しますわ」
商団主に案内された場所で待っていたのは荒くれ者たちの一団だった。大型のトラックが2台に荒事になれた様子の男が二十人ほど。これが、この商団の全てか。
「お嬢、荷物の積み込み、バッテリーパックの補充、全て完了しました」
こちらに気付いた荒くれの一人が大きな声を上げる。大型のトラックはパンドラを搭載したクルマではなく、バッテリーで動くタイプのもののようだ。
「良かったですわ。では、出発は明日ね」
「了解っす。ところでお嬢、その、後ろの首輪を付けたガキは何者で?」
荒くれたちが間抜けな顔で俺を見ている。
「ガムさんですわ。今回のマップヘッドまでの護衛として私が雇ったクロウズですわ」
商団主が荒くれたちに俺を紹介する。
「お嬢、本気で言っているんですか。んな、ガキが何を護衛するんですか」
「見たところ、そのガキ、狙撃銃しか持ってないじゃあないですか。お嬢の話し相手として雇うにしても、もう少しマシなのにしてください」
「今回の砂漠の三叉路行きは遊びじゃないんすよ」
荒くれたちが騒いでいる。どうやら俺はあまり好意的に迎え入れて貰えないようだ。
俺は肩を竦める。
と、そんな荒くれの中から一際厳つい眼帯の男が現れる。
「おい、お前ら静かにしろ! お嬢が選んできたんだぞ!」
眼帯の男は周囲の荒くれを鎮め、俺の方へと歩いてくる。どうやら、この眼帯が荒くれたちのまとめ役のようだ。
「すまないな、坊主。ところで一応クロウズらしいがランクはいくつだ?」
クロウズのランクか。今、いくつだったかな。
『ふふん。12でしょ。そうなるように調整したはずでしょ。そんなことも忘れているのだから、お馬鹿は……』
12、か。
「クロウズのランクは12だな」
「駆け出しを抜け出したところか。おい、分かっているんだろうな? このマップヘッド行きは普通の隊商の護衛とは違うんだぞ。俺らラッコ商団に話が来るようなやべぇ内容だぞ」
眼帯の男が威圧するように俺の前へと立ち、こちらを見下ろしてくる。
「それで?」
「おい、坊主。俺は親切に忠告しているんだぞ。今ならまだ間に合う。身の丈に見合った依頼を受けるんだな」
「そうか」
俺は肩を竦め、改めて商団主の少女を見る。そう、少女だ。外見だけで言えば俺と変わらない年齢に見える。くせ毛なのかセットしているのか長く伸びた髪の先端がくるくると巻かれ、場違いな白いドレスを身につけた少女。
それが俺の依頼主だった。
「出発は明日の朝ですわ!」
商団主の少女の声を聞いた眼帯は肩を竦め、俺への圧力を霧散させる。
「お前ら、聞いたな! ちゃんと飲み食いしとけよ! 遊ぶのは構わねえが、明日の朝まで酔いを残している奴が居たら締めるからな!」
眼帯が叫びながら荒くれの集団の中に戻っていく。
やれやれ、これは思っていたよりも大変そうだ。
「ガムさん、宿に案内しますわ。商団馴染みの宿ですから、安心して泊まってくださいね」
「ああ、そうだな。たまには豪華な宿で一泊してみたかったんだよ」
俺は大きくため息を吐き、肩を竦める。どうせならゲンじいさんのところで何かに煩わされることなく安心して眠りたかったが、そうもいかないようだ。
商団主の少女に案内された宿で、それなりの食事をもらい、それなりの部屋のベッドで横になる。
そして、夜。
俺の部屋の扉が叩かれた。
俺は一つ欠伸をこぼし、扉の方へと歩いて行く。襲撃者とかではないだろう。俺をここで襲撃するような物好きは居ないだろうし、襲撃者ならわざわざ扉を叩くなんて間抜けなことはしないだろう。
「誰だ?」
「話がある」
鍵をしていたはずの扉が開けられる。
そこに立っていたのは眼帯の男だった。
「よくこの部屋だと分かったな」
「この宿のオーナーとは昔からの馴染みでな」
眼帯の男がニヤリと笑う。俺は肩を竦めるしかない。
「それで?」
「一緒に来てくれ」
眼帯が外を指差す。俺が拒否するとは思っていないようだ。
このまま無視しても良いが鍵の意味が無いような部屋でゆっくりと休むことは出来ないだろう。
『これはこれで新しい展開か』
『ふふん。進展があったようには見えないけど?』
俺は肩を竦め、眼帯の男に着いていく。
「それで、何処まで行くつもりだ? 俺の歓迎会なら不要だ。それよりはゆっくり眠らせて欲しいね」
「すぐそこだ」
眼帯の男が案内したのは人気の無い路地裏だった。
なるほどな。
「俺の歓迎会にしては寂しいところだな」
「すぐにそうでもなくなるぞ」
眼帯の男の言葉に応えるように周囲から荒くれ者たちが現れる。
「で、何の用だ?」
「俺は忠告したからな! お前の力を試させて貰うぞ!」
眼帯とともに周囲の荒くれたちがじりじりと俺の方へにじり寄ってくる。
「なるほどな。それで、これは、そのお嬢さまは知っているのか?」
「俺はな! 先代からルリリお嬢さまを託されたんだぞ!」
眼帯の男が叫ぶ。周りの荒くれたちもうんうんと頷いている。
「それで?」
「どうやってお嬢さまに近づいたか知らないが、お前のような輩を排除するのが俺の仕事だ」
「俺を試すんじゃなかったのか」
「試すさ! そして力が無ければ排除する。まぁ、クロウズといっても子どもだからな、少々動けなくなる程度で済ませてやるぞ。今後、お嬢さまに近寄らないと誓うなら、その程度で済ませてやるぞ!」
眼帯の男がポキポキと拳をならしている。
俺は大きくため息を吐きそうになり、慌ててそれを止める。
「お嬢さまは知らない、か」
「ルリリお嬢さまが知ることはない。裏で手を汚すのは俺たちだけで充分だ」
なるほどな。
間抜けな襲撃者は居たようだ。
これは根が深い。