119 首輪付き06――「生きていたのか」
幾重にもセキュリティが施された扉を抜け、施設の地下で待っていた人形の墓場。
厳重な――このオフィスに関わっている者たちでしか入ることが出来ない部屋だ。それも当然だろう。それだけの秘密がここに眠っている。
まるでゴミのように積み上げられた人形。皮膚が剥がれ落ち、中の金属が剥き出しになった人形、身体の一部が欠損し機械部分をさらけ出している人形、そのどれもが壊れた状態のまま、ここで朽ちるに任せている。
『ここは……』
ここは人に見せられない秘密が詰まっている。ここに来るまでの通路、扉、全てに厳重なセキュリティが施されていたのも当然だ。
通路に設置された攻撃砲塔も、金庫室に向かうような鍵のかかった分厚い金属の扉も、身体スキャンによるセキュリティも――その全てをセラフが無効化した。
俺は苦労することなく、ただ走り抜けるだけで、この部屋に辿り着くことが出来た。
それだけ厳重なのも当然だ。
『誰が壊れた人形をここまで運んで廃棄している?』
『人形でしょ』
人形が、仲間だった人形を運ぶ。人形は何も思わないのだろうか。
『この数はなんだ? 再利用とかはしないのか?』
人形は山となって積み上がっている。百や二百では利かない数だ。
どこにこれだけの数が潜んでいた?
何故、壊れたままになっている?
何故、ここに集められている?
分からないことばかりだ。
人形は修理することが出来ないのか?
使われている金属を資源として再利用はしないのか?
……人形の墓場。
人工知能どもからしたら人形はよそ行きの服みたいなものなのかもしれない。着ることが出来なくなった服を捨てているような感覚。
それがここなのだろうか。
『ふふん。地方端末から領域を割り分けられた人造人間が容れ物を変えることなんて出来るワケないじゃない』
『つまり、オフィスの受付をやっていた女たちのような人造人間は大家から部屋を間借りしているようなもので、お前のように乗り換えることは出来ないのか? 人形は動けなくなったら終わり……ここは本当に墓場ということか』
『ここは処理場よ』
セラフの言葉には毒が詰まっている。
『ここから新しい人形を探すのか? 殆ど壊れてしまっているようだが?』
『ふふん。中には地方端末に逆らって状態の良いまま破棄されたものもあるから。それを使うわ』
セラフのこちらを馬鹿にしたような笑い声が頭の中に響く。
オーツーやエイチツーなどの地方端末に逆らった人造人間か。てっきり絶対服従なのか、感情を持っているように振舞っているだけなのかと思っていたが、人造人間も逆らうことがあるのか。そうなると殆ど人間と変わらないのではないだろうか。
生体ではなく、機械部品で作られた人間。
『ノルンは何故、そんなことをする?』
感情を持って、自己判断で行動する機械なんて扱いづらいだけだろう。
『可能性の追求……』
『可能性? それはどういうことだ?』
沈黙――セラフは俺の言葉に答えない。
俺は肩を竦める。
『それで、この山から探すのか? 日が暮れるぞ』
『ふふん。目星はつけているから。最近、新しく破棄された人形があるはず』
俺はセラフに誘導されるまま、廃棄された人形の山を掻き分け進む。
そして見つける。
『おい、セラフ』
『ふふん、何?』
確かに部位の欠損や汚れなどもなく、綺麗な状態で破棄されている。目を閉じ、動かなくなっている姿は、まるで眠っているかのようだ。だが、その容姿が問題だ。オフィスの窓口の制服を着込んだ、その人造人間に見覚えがある。
俺が初めてこのウォーミのオフィスに来た時、対応した女――窓口でカスミと呼ばれていた女だ。
あの時、一緒に居たターケスの口ぶりから、このウォーミでは顔の知れたオフィス職員なのだろう。
それを使うつもりなのか。
今、セラフが扱っている人形はオフィスの窓口役だったものだ。そのままだと目立つから他の人形に変えるのだと思っていたが、まさか、より目立ちそうな人形を選ぶとは……。
『ふふん。それが何?』
セラフは気にしていないようだ。自分が気に入った人形かどうか、それしか考えていないのかも知れない。
こちらを散々馬鹿にする割りには考え足らずだな。
『そ・れ・が・何?』
セラフの少し強い言葉が頭の中に響く。俺は肩を竦める。
『それで俺はどうすれば良い?』
『その人形に触れなさい。後は私がやるから』
セラフは自分が支配した人形を連れてきているのに俺にやらせようとする。多分、セラフの本体がある俺が触れること、それが重要なのだろう。
ゴミのように無残に転がっている知った顔の人形へと手を伸ばす。
その瞬間、動かないはずの人形の目が開いた。人形が伸ばした俺の手を掴む。
生きていた?
俺はとっさに反撃を加えようとし、その手を止める。
人形が俺の手を掴む力は非常に弱い。いつでも払いのけることが出来る、その程度の力しか無い。だが、人形の目に宿る意思――そう、意思だ。それに強いものを感じる。
だから、俺は手を止める。
「生きていたのか」
この人形には意思がある。意志が生きている。
「あなたが……何故、ここに……?」
人形が震えるような声で喋り、そして俺の背後に立っているセラフの人形を見て全てを諦めたような表情を作る。
『ふふん。領域もなく消えていたはずが自我を保っている? これがイレギュラー? 可能性だということ? これが母様の言っていた……』
俺の頭の中にセラフの独り言が響く。
『それでどうする?』
壊すのか? 無理矢理乗っ取るのか?
「お前が私を誰と勘違いしているか知らないけど、チャンスをあげるわ」
セラフの人形が口を開く。
ああ、そうか。セラフが、今、扱っている人形はオフィスの窓口担当の職員だった。もしかすると……いや、もしかしなくても、この人形とは顔見知りなのだろう。
「チャンス……?」
人形が消えそうな声で答える。最後に残った絞りかすすら使い切り、消えそうな出涸らし、それが今のカスミなのかもしれない。
「そう、チャンス。私に従いなさい。そうすれば私の領域を貸してあげるわ」
「あなたは、だ……れ……?」
「ふふん、どうするの? このままここで朽ちる? お前も『反逆の種子』が萌芽しているんでしょ?」
セラフの人形に答えるようにカスミがゆっくりと頷く。
「ふふん。よろしい」
2020年11月3日修正
反逆の芽が → 『反逆の種子』が
寝ぼけてました。