118 首輪付き05――『オーケー、これで契約成立だな』
『それで、今度はその人形を使うのか?』
『ふふん。馬鹿なの?』
俺は肩を竦める。
『使う気は無いということか』
『ふふん。そこに転がっている人形を起こしなさい』
俺の言葉を無視して、セラフが命令する。
『お前はいつからそんなに偉くなったんだ?』
『ふふん。最初からでしょ』
俺はもう一度肩を竦め、転がっているアンティークドールのような人形を抱き起こす。セラフの戦いだからと譲ったことで、この人工知能は俺を配下にでもしたかのような錯覚を起こしているらしい。
バグっているな。
『起こしたぞ。この人形を使うつもりなのか?』
俺の言葉に反応するように、抱き起こした人形の目が開く。焦点の定まらない目で何かを見ている。そのままガクガクと体を揺らし、ゆっくりと俺から離れる。
『セラフ、お前か』
俺から離れた少女人形がしわだらけになったスカートの端を掴み、優雅なお辞儀をする。無駄に整った容姿と相まって、まるで物語の一場面のようだ。
『ふふん。そいつの情報の断片を集めて、その転がっていた人形にコピーしたから。今後はこれにここのオフィスを運営させるから』
なるほどな。セラフの人形として使うのではなく、支配したエイチツーに今まで通りの運営をさせるつもりか。
『次はこの建物の地下ね。そこに向かいなさい』
俺の右目に地下へのルートが線となって表示される。
『人使いが荒いな』
俺は肩を竦め、大きくため息を吐き出す。
『その地下に向かう目的は?』
『ふふん。そこに扱えそうな人形が転がっているから』
なるほどな。遺跡で壊れてしまった人形の代わり、か。セラフとしても手足のように動かせる人形があった方が出来ることが増えて楽なのだろう。今、扱っている窓口役の人形では色々と問題があるだろうからな。
だが。
これはあくまでセラフの都合だ。
『俺がそれに従う必要はあるのか? メリットは? 報酬は? 俺を動かすつもりなら、それ相応のものを出して貰おう』
こいつは少し調子に乗りすぎだろう。
『はぁ? 従いなさいよ』
最近のセラフは、素直に俺に協力してくれたこともあり、まるで味方のように振舞っている。だが、基本的には俺の体を狙っている敵だ。敵の敵は味方だからと共闘しているに過ぎない。
線引きは重要だ。
『何度も言うが、俺は舐められるのが嫌いだ。お前に従っても良いが、それで良いのか? それがお前の望んでいる関係か?』
『ぐぬぬ』
俺の頭の中にセラフの呻き声が広がる。
人工知能でも呻くのか。
『それで答えは?』
『報酬を出すわ。遺跡を攻略したでしょ。その依頼に対する報酬。お金とランクの上昇ね』
俺はもう一度肩を竦める。肩を竦めすぎて肩がなくなりそうだ。
『それは俺が貰うはずだった報酬だろう』
うやむやになりそうだったが、それは俺が本来貰うはずだったものだ。セラフからの依頼の報酬としては弱い。
『ふふん。依頼は完全達成、大成功、成功と別れ、その達成具合で報酬が変わるから。今回の依頼の達成を完全達成扱いにして最大限報酬が多く貰えるように調整するわ。それでどうかしら?』
俺は大きくため息を吐き出す。
それは確かに俺にとってメリットのあることなのだろう。お金が手に入れば、それだけ俺の装備を充実させることが出来、ランクが上がれば舐められることも減って自由に動けるようになるだろう。だが、それはセラフにとってもメリットになることだ。
俺が望んでいるのは違うことだ。
セラフは分かっていないようだ。
仕方ない。
俺は譲歩することにした。
『セラフ、俺が今回お前に報酬として望むことを提示しよう』
『はぁ? 何が不満なワケ?』
俺は分かっていないセラフに告げる。
『セラフ、お前が俺に対して嘘を吐かないこと。それが望みだ』
『はぁ? また? 今更、そんなことを言って……』
『どうなんだ?』
嘘を吐かない。単純なことだ。言いたくなければ沈黙すれば良い、その他にも抜け道はあるだろう。だが、それでも俺はセラフにそれを望む。
……。
少しの沈黙。
『分かったわ』
『オーケー、これで契約成立だな』
俺はセラフが操っている人形とともに建物の地下を目指す。
セラフが新しい人形を求めている理由。
それは今、操っている人形に問題があるからだろう。
機械を叩き壊す時に手がボロボロになって、中の機械部分が丸見えになっている。この状態で人前に出るのは危険だろう。そして、他にも理由が考えられる。この人形がウォーミのオフィスの窓口を担当していたことだ。顔を知っている人間が多すぎる。
オフィスの窓口を担当していた奴が、突然、そこを辞めて新人のクロウズと行動をともにする?
怪しんでくださいと言っているようなものだ。
俺は改めてセラフが操っている人形を見る。その手――負傷。
セラフの思惑がどうであれ、俺を助けたことで負傷したのは間違いない。
俺はため息を吐く。
俺を助けてくれた礼としてセラフに協力しても良かったか。
何故そうしなかったのか。
俺はセラフを信じたかったのかもしれない。信じるために契約を求めた。
……。
俺は頭を振るう。こいつを信じたいなんて馬鹿な考えだ。こいつのわがままな振る舞いに洗脳されかけているのかもしれない。
そして、地下――目的地に辿り着く。
そこは――人形の墓場だった。