117 首輪付き04――「力の流れを征すればこの程度容易いだろう」
目の前の機械からは何の反応も返ってこない。愚かな奴だ。俺が気付いていることも、俺がすでに知っていることも分かっていないのだろう。
セラフのことがなかったとしても、教授の正体を知ったならば答えに辿り着けるはずだ。こいつは知っていると思って行動するべきだった。それが分かっていない。
オフィスを支配しているのが機械だと気付かれる訳がないと思っているのだろう。機械らしい愚かな思い込みだ。
「そこに転がっているお前の人形を分解しても面白いことになるだろうな」
俺の言葉に反応したのか転がっていた人形が、人ではあり得ない動きで――垂直に飛び上がり、再びこちらへと襲いかかってくる。
「お粗末だな」
俺は飛びかかってきた人形の――その姿形からはあり得ないほどの怪力を、片手で払いのけ、懐へと入り込み、体当たりするように肘を打ち付ける。
人形が再び崩れ落ち、周囲が静寂に包まれた。動くものは無く、声も聞こえない。だが、何者かが驚愕している気配を感じる。
そいつにとっては、余程、あり得ないことだったのだろう。
「力の流れを征すればこの程度容易いだろう」
機械人形らしい人ではあり得ないほどの怪力。それで俺を抑えつけるつもりだったのだろう。だが、力である以上、受け流すことは可能だ。
「人形の方を本体だと思わせたいのだろうが、俺は教授が機械だったと知っている。エイチツー、お前の正体が人の姿をしていない可能性も考えている」
俺の言葉へのお返しと言わんばかりに、俺の立っていた場所に何かの気配が走る。その場を飛び退きその何かを回避する。
攻撃?
通り過ぎた場所が揺らいで見えていることで、確かに存在したと分かる、そんな見えない線。
人を焼き切るほどの熱さを持った見えない線――その見えない熱線が俺を襲う。俺は肌に感じる、かすかな気配を頼りに見えない線を避けていく。
俺は周囲を見回す。この部屋の何処にも熱線の発射口のようなものは見えない。部屋の中に突如、線が生まれている。
部屋の温度? 空気を制御しているのか? そんなことが可能なのか?
面の攻撃ではなく線の攻撃なのは何故だ? そのおかげでまだ回避することは出来ているが……何をやっている?
見えない熱線は俺を狙い発生し続けている。それを勘と経験によって回避する。
ん?
ぽつりと水滴が落ちる。
『水? これが見えない攻撃に関係しているのか?』
と、そこで俺は少し息苦しいことに気付く。少しの運動で呼吸が乱れる。
空気が――酸素が減っている?
まさか見えない熱線は俺を狙った攻撃……それだけではなかったのか? これが奴の狙いか?
熱線で時間を稼ぎ、部屋の空気を抜いたのか?
いや、違う。違うはずだ。
何が起きている? このままでは不味い。
酸素が薄くなったからか、意識が朦朧とし、足元がふらつく。
目の前の機械を破壊すればこの状況を抜け出せるはずだが、その機械までの距離が遠く感じる。
見えない攻撃、酸素の欠乏、水滴によって滑る足場。どれをとっても俺には最悪の代物だ。
『ふふん。お前は謎解きがしたかったの?』
頭の中にセラフの笑い声が響く。
次の瞬間、俺の横を何かが駆け抜けた。
『セラフか』
それは人形だった。俺が閉じ込められた部屋の外、そこで待ち構えていたオフィスの女――その人造人間が俺の横を駆け抜け、目の前の機械に迫る。オフィスの女が拳を叩きつけ目の前の機械を破壊する。自身が壊れることをいとわない全力の力で拳を叩きつけ、機械を壊していく。
目の前の機械を壊した女が、ボロボロになった機械の指で自身の髪を掻き上げ、ゆっくりとこちらへ振り返る。
「ふふん。随分と危機的状況だったみたいじゃない。そのまま放置しておけば良かったかしら」
目の前の女が笑っている。
「これは、お前の戦いだろう? お前に譲るために待っていた結果がこれだ。それで終わったのか?」
「ふふん。私を誰だと思っているのぉ?」
俺は肩を竦める。
『セラフだろ』
『ふん。ここの地方端末は思っていた以上に用心深いヤツだったわ。でも、おしまい。手足ももいだから、もう何も出来ないでしょう』
どうやら終わったようだ。
いや、終わっていた、か。
この人形を支配して、ここにやって来るまでの時間差――その間に何をやっていたのか。セラフはセラフで戦っていたのだろう。
『それで?』
これからどうする、だな。
『レイクタウンのオフィスと同じ。ここを支配出来たけど、ノルンにバレないよう今まで通り運営するだけでしょ』
『俺は少しくらいは楽したいのだが』
『ふふん。お前を特別扱いすればバレるでしょ。オフィスはここだけじゃないってことも分からないの? 以前も説明したのに、これだから想像力の欠如したお馬鹿は困るわ』
『俺が受けた不利益分くらいは還元しろ』
『特別扱いされたいなら実力でのし上がってみたら?』
俺は肩を竦める。
舐められたら叩き潰す。
俺が動いているのは人類のためではない。ただ、舐められたから思い知らせる、それだけだ。
分かり易くシンプルな行動理由。
これでこの地域のオフィスも支配下においた。
残るオフィスは七個。
先は長いな。