116 首輪付き03――『ああ、これはお前の戦いだったな』
「何をしているんですか!」
部屋の外に出ると、そこで待ち構えていたオフィス職員の女が俺を呼び止めた。
「お前こそ、何をしている?」
「私は、わた、わた、わたし、ししし……」
その女が白目を剥き、痙攣を始める。間違いなくセラフの仕業だろう。
『この女も人造人間か』
『ふふん。当然でしょ』
オフィスの職員の殆どが人造人間なのだろう。マザーノルンという機械の親玉がオフィスを支配している以上、それは当然のこと、か。
……。
人間の協力者がいないことは良いことだ。人間を騙し支配することは――協力させることは出来ても、そこが限界ということだ。真実が白日の下にさらされれば目を覚ます人は多いのではないだろうか。だが、それを信じさせる証拠が必要だ。このまま俺が騒いだとしても、気が狂ったとしか思われないだろう。
『ふふん。正義の味方にでもなったつもり? 頭が悪いの?』
マザーノルンに支配されたままの方が人は生き延びやすいかもしれない。だが、今でも機械連中との戦いは続いている。続かせられている。終わりは見えない。人々はすでに人類が負けていて、支配されていることに気付いていない。何時、相手の気分で滅ぼされるか分からない。知らないままではそれに対抗することも出来ない。
『味方は多い方が助けになるだろう?』
『ふふん。それで? 人を味方につけるため動けっていうの? こんな辺境を見ただけで何を分かったつもりになっているの? これだから想像力が足りない馬鹿は困るわ』
人類はマザーノルンに首輪を付けられた状態だ。
だが……。
俺の右目に、この建物の構造と赤い線が表示される。この線の通りに移動しろということだろう。
『ああ、これはお前の戦いだったな』
『ふふん。そう思うなら私に体を渡しなさい』
俺は肩を竦め、セラフが示す場所を目指し動く。
静かだ。
セラフが上手いことやっているのだろう。
これならこのまま問題無く目的の場所に辿り着けるだろう。オフィスのマスター、エイチツーの指示だったのか、ここにクロウズの姿は見えない。クロウズの連中は誘導されていたと気付かないまま遺跡探索に向かっているのだろう。このウォーミの街に残っているクロウズは俺とターケスくらいではないだろうか。俺を守るものを無くし、孤立させ、戦車を――二つのパンドラを奪うつもりだったのだろうな。
だが、それが裏目に出たな。
今、俺を――俺たちを止めるものはいない。機械ではセラフを止めることは出来ない。人と人との同士討ちを避けることも出来る。
人と戦い、人類の敵扱いされてしまえば、今後、自由に動けなくなる。それを避けられたのは大きいだろう。
オフィスの中を駆ける。本来なら罠があったであろう場所を駆け抜ける。
そして辿り着く。
オフィスの建物の最奥の部屋。ここでマスターが待ち構えているはずだ。
扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。鍵はかかっていない。いや、セラフが上手くやったのか。
部屋の中は無数の計器と機械が壁のように並んでいる。何に使うのか分からない機械だ。音響機器や映像を編集する機器とよく似ている。
「そこで止まりなさい!」
何者からかの強い制止の声が発せられる。俺はそれを無視して部屋の中に入る。
「今引き返すなら、ここまでの行動を不問にしましょう」
まだ声は聞こえてくる。俺は警戒を強め、周囲を見回しながらゆっくりと部屋の奥へと歩いて行く。
機械の壁。部屋の奥が見えない。
声はしている。
「何が目的なのですか?」
声のする方に、このウォーミの――そのマスターが居るのだろうか?
「人類を救済するために組織されたオフィスを襲撃するということは人類の敵になるということですよ」
声は部屋の奥から聞こえる。
「お金を探しているのなら、ここにはありません。それともオフィスに対しての恨みですか」
俺は部屋の奥に行き着く。
「そんなもの無意味ですよ」
そこにあったのは機械の壁に埋め込まれたスピーカーだった。
誰も居ない。
行き止まり。
声に誘導された形だ。
そして、その俺の虚をつくように機械の影から何かが飛び出してくる。
それは閉じ込められた部屋で見たのと同じアンティークドールのような姿の少女だった。素早く、恐ろしい勢いでこちらへ掴みかかってくる。
俺はとっさに拳を突き出す。少女の体に俺の拳がめり込み、その体をくの字に折り曲げる。少女の体が痙攣し、そのまま崩れ落ちる。
隠れ、俺の不意を突こうとしたが失敗した。そういうことなのだろう。
「さて」
俺は改めて機械に埋まったスピーカーの方へ振り返る。
この転がっている人形がエイチツー?
そんな訳がないだろう。
オフィスに恨みを持っている(はずの)俺がマスターを倒した。そう思わせたかったのだろう。そこで終わっていれば、終わったと思い込んでしまったら……こいつが言うように、確かに無意味だっただろうな。
オフィスを出たところで処理されてしまっていたかもしれない。オフィス、そしてクロウズと敵対していただろう。次はここまで侵入出来なかったかもしれない。
『ふふん』
セラフが笑う。
俺はスピーカーの前で構える。
「覚悟はいいか?」