111 遺跡探索16――『ふふん、同じでしょ』
「どうした? 何かおかしいのか?」
教授は傾げていた首をハッとしたように戻し、瞳を隠した眼鏡で俺を見る。
「いえいえー。何もおかしくないですよー」
教授は微笑む。だが、その手は戦車の装甲に当てたままだ。眼鏡の奥の瞳は笑っているだろうか。
俺は顔に手を当て、大きくため息を吐く。
「お前らはどうやって……触れただけで乗っ取るなんて器用なことが出来るんだ?」
俺が知っているハッキングはキーボードでコードを打ち込んで侵入するようなシロモノだ。決して、物理的に触れて行うようなものじゃない。
『ふふん、同じでしょ』
『同じじゃないだろう』
触れるだけなのもキーボードを打ち込むのも同じだと? 俺はもう一度大きなため息を吐く。
「それで……まだ続けるつもりなのか?」
教授がゆっくりと戦車から手を離す。
「ガムさん、あなたは何者ですか?」
俺は肩を竦める。
『いかにもマザーノルンの端末と言わんばかりのセラフの人形の姿を見られた時点で疑われてもおかしくないと思うのだが……こいつらは何故、仲間では無いような、そんな初見のような反応をするのだろうか』
『ふふん。姿形ではなく認識コードで判断しているから、それを偽装すれば分かるはずないから』
『そんなことでバレないのか』
『そんなことってそれがどれだけ大変か分からないのだから、お前は馬鹿って言われるんでしょ』
俺を馬鹿って呼んでいるのはセラフ、お前だけだ。
『そうか、それはそんなにも大変だったのか』
『ふふん。まさか! 楽勝に決まってるでしょ』
楽勝なのかよ。こいつと会話していると頭がおかしくなりそうだ。
「俺が誰か、か? 俺は俺だ。教授の狙いはオフィスと同じくパンドラか?」
教授は眼鏡を光らせ、肩を竦める。
「貰えるなら欲しいですけど、そこまで固執しませんよー。僕はあくまで知識という好奇心を満たしたいだけですから」
嘘は言っていないような気がする。だが、だからと言ってこの教授が味方かというとそうではないだろう。
「それで知識欲は満たされたか?」
「ええ。予想外に」
「それは良かった」
俺はもう一度肩を竦める。
野良のバンディットを初めて見たと言っていたような奴がマシーンの群れに遭遇した時に無駄な知識を披露していた。随分と面白い話じゃないか。つまり、そういう側だったというだけの話だ。
「とにかく、これで依頼は達成だろう? ウォーミのマスターに会わせてくれ」
「なるほど! そういう話でしたね」
教授がわざとらしくポンと手を叩く。
「ああ。そういう話だろう?」
教授が頬を持ち上げ、笑う。
「ええ。そうですね。ですが、少し意外です。てっきり……」
「てっきり――なんだ?」
教授が首を横に振る。
「戦いになると思っていました」
「戦いたかったのか? 俺の目的はあくまでウォーミのマスターだ」
そう、俺の目的は教授と戦うことではない。この教授もマザーノルンの端末の一つなのだろう。だが、セラフやレイクタウンのマスター、オーツーがそうだったように、マザーノルンの端末にも人と同じように個性がある。それぞれの判断で行動している。
必ずしも敵対する必要は……無い。
そして、この教授はセラフが掌握しているはずのレイクタウンからここに来ている。ウォーミのマスターの配下ではないはずだ。神経質に疑う必要はない。
この教授がマザーノルンの端末の一つであるなら、マスターに顔が利くのも当然だったな。まぁ、セラフという例外があるので一概には言えないのだろうが。
『はぁ!? 誰が例外!?』
頭に響くセラフの声は無視しよう。
「それでどうなんだ?」
「僕の護衛をしながら遺跡の探索という依頼を達成されたのですから報酬を出すのは当然でしょうねー」
教授はニコニコと笑っている。
「ああ。頼む」
「パンドラを手土産にして領域を増やして貰おうと思っていたんですが、それよりも面白いことを優先しましょう」
教授はニコニコと笑ったまま頷く。
「そうしてくれ」
さて、これで教授の件は解決か。
話し合いで平和的に解決出来て良かったよ。
後は転がっているグラスホッパー号の回収とターケスの生存確認だろうか。この遺跡からの脱出に関しては、ここを調べれば何とかなるだろう。保管していた戦車をわざわざ長い通路を走らせるとは思えない。
ここに――この戦車が置かれている台座に地上への帰還方法があるはずだ。
横転しているグラスホッパー号は牽引して持って帰ろう。
「ええ。ところで僕もクルマに乗せて貰っても良いですか? あちらのクルマに載せていた食料の回収も必要ですよね」
「ああ、そうするつもりだ」
俺は戦車のハッチから出て、そのまま教授へと手を伸ばし、教授の体を引き上げる。
「ええ。助かりましたよー」
俺はハッチから戦車の中へと入るために振り返る。
あ……。
次の瞬間、俺の体から教授の手が生えていた。
ゆっくりと振り返ると、そこには口元に笑みを浮かべたままの教授の顔があった。
油断していた?
まさか、こんなことをしてくるとは思わなかった。
教授が俺の体を貫いた手を引き抜く。
血が吹き出る。
致命傷だ。
俺の体に、胸に大きな穴が開いている。普通なら助からない、死を覚悟するようなシロモノだ。
「やってくれたな……」
だが、俺には奥の手がある。