110 遺跡探索15――『ふふん。蹂躙の開始でしょ』
戦車だ。
スピードマスターが乗っていた真っ赤な戦車よりも一回りは大きい。いかにも戦車という面構えのシンプルな体には、長く伸びた主砲、そして、左右のバランスを取るように取り付けられた機銃とミサイルポッドがあった。
『かつて豹の名前で呼ばれていた戦車をもとにしたモデル。重量級に近い大きさと厚い装甲が売りのようね。その分、走行性能はいまいちなのかしら』
豹の名前を持った戦車――それは俺でも聞いたことのある有名な戦車だった。だが、そうだとすると、何故、起動画面に表示された文字がRUNだったのだろうか。国が違えば言葉も変わる。起動も違う単語になるのではないだろうか。いや、セラフは『もとにした』と言っていた。これは、あくまで再現したものでしかないのだろう。
よく考えれば――俺は改めて戦車の中を見回す。快適性を重視したかのように小綺麗な空間、浮かび上がるようなディスプレイ……その時代の戦車ではあり得ないものが搭載されている。同じものであるはずが無い。
ディスプレイには周囲の状況、ワイヤーフレームで表示されたこの戦車の姿、搭載している武装と弾数、パンドラの残量など色々なものが表示されている。
『ふふん。蹂躙の開始でしょ』
セラフは随分と楽しそうだ。
『動かせるのか?』
『誰に向かって言っているの? ふふん。演算制御装置もあるようだから、お前でも扱えるようね』
俺とセラフがやり取りをしている間もこちらを狙い次々とミサイルが飛んできている。
衝撃と爆発は続いているはずだが、戦車はビクともしない。
ゆったりと座れるシートはピクリとも揺れない。
ディスプレイに表示されているパンドラの残量は攻撃を受け減り続けているが、それでも千以上の余裕があった。
てっきりパンドラの表示は百を最大としたパーセント表示だと思っていたが違っていたようだ。
『グラスホッパー号の十倍以上のパンドラか』
『ふふん。主砲を搭載しているのだから、それくらいは必要でしょ』
セラフの言葉を受けるように砲塔が旋回する。長く伸びた主砲が人型ロボットたちを捉える。
分銅のようなミサイル発射口がくっついた腕をこちらへと向けている人型ロボットたち。
戦車が小さく揺れ、主砲が発射される。
その一撃が並んでいる人型ロボットたちをねじ曲げ、貫き、破壊する。砕けた金属装甲が舞い、飛び散る。
たったの一撃で――倒すのに苦労した人型ロボットが沈む。人型ロボットたちが砕け散る。
生き残った人型ロボットがこちらへミサイルを発射する。戦車に搭載された機銃が動き、その飛んできたミサイルを撃ち落とす。そして、お返しとばかりにこちらもミサイルを発射する。ミサイルは人型ロボットに着弾し、熱と風を伴った大きな爆発を起こす。
シールドを搭載し、グラスホッパー号の火炎放射に耐え続けたはずの人型ロボットの表面がどろりと溶け、破壊され折れ曲がった内部構造を剥き出しにしている。
威力が――桁が違う。
『って、おいおい。教授とターケスのことを忘れていないか?』
セラフが人のことを気にするとは思えない。教授はまだしも、ターケスに関しては人工知能であるセラフすら苛つかせていた。つい、うっかりで殺していてもおかしくない。二人は先ほどの攻撃に巻き込まれておだぶつだろう。
『はぁ? 私がそんなミスをするとでも思ってるの? ちゃんと効果範囲から外しているから』
『お前が人のことを気にするとは思わなかった』
俺は肩を竦める。
その後も主砲を撃ち続け、残った人型ロボットを殲滅する。
そう殲滅だ。
あっという間に終わってしまった。
これが戦車。
これがクルマ。
この戦車と比べればグラスホッパー号が玩具にしか思えない。それだけ性能に違いがある。
『ふふん。武装の違いも大きいから。120mmクラスの主砲とあっちに付けた7mmの機関銃、威力が違って当然でしょ』
数字が大きいとそれだけで強そうだ。だが、その分、パンドラの消費も多いようだ。一発で100ほど消費している。これは……どちらかというと奥の手のような使い方になりそうだ。
『しかし、どうやってあの大猿はこの戦車を扱うつもりだったんだろうな』
あの巨体ではハッチから中に入れないだろう。乗り込まれていたら――この性能が俺に襲いかかってきていたら……グラスホッパー号が万全でも危なかっただろう。
『またそれ? 砲塔にでも跨がるつもりだったんでしょ』
セラフは興味が無いのか随分と適当だ。
「やれやれ、凄い力ですねー」
人型ロボットを殲滅して安全になったからか、横転したグラスホッパー号の影に隠れていた教授がこちらへとやって来る。
俺はハッチを開け、そこから顔を出す。
「俺も驚いているよ」
教授はその特徴的な眼鏡を光らせ、こちらへに近づく。
「ええ、まさか、こんなにも大型のパンドラがあるとは思いませんでしたよー」
「寄こせというのか?」
「いえいえー、まさか。それに、そのクルマ、もうあなたで搭乗者登録をしているんでしょう? 奪おうにも奪えないですよー」
戦車の前に立った教授が装甲に触れる。
そして、首を傾げた。
『ふふん』
セラフの得意気な笑い声が頭の中に響く。
『予想通りか』
俺は搭乗ハッチから首を傾げている教授を見る。
どうやら、ここからが本番のようだ。