011 プロローグ08
謎の声に誘われるまま警報が鳴り響く長い廊下をエレベータールーム目指し進む。
と、その自分の足が止まる。
とっさに体が動いていた。遮蔽物のない通路でその行為にどれだけの効果があるか分からないが、俺は考えるよりも先に、身を隠すような形で壁に張り付いていた。
そのまま見る。
円形のトンネルの前を守るようにロボットが動いている。
戦車のようなキャタピラの足に人型の上半身、Cの形になった大きな腕……見た目は昔の漫画に出てきそうなロボットだ。だが、こちらに与えてくる存在感、威圧感は、その冗談みたいな姿からは考えられないほど強く恐ろしいものだった。
何だ、アレは。
そんなロボットが見回るようにキュルキュルと音を立てて無限軌道を回し、円形のトンネルの前を動いている。
『安心神話ガードナーくん。丙社製の拠点防衛型機械。対象を捻り殺すので銃弾のように肉片が飛び散らなくて掃除が楽々が売りの機械』
持っていた端末からそんな言葉が聞こえた。
あのロボットはガードナーくんという名前のようだ。ふざけたデザインにふざけた名前だ。しかも肉片が飛び散らないから掃除が楽々? 捻り殺すなら、どちらにしても血で掃除が大変だと思う。売りになっていない。
『熱、音、動体感知を備えた優れもの。残念なのは固定防衛用に感知範囲を狭めてあること。今のあなたの力を五としたら向こうは百くらい』
端末さんは全然残念ではないことを教えてくれる。しかもご丁寧に戦力差も教えてくれた。こちらの二十倍の戦力か。こちらは素手だ。その戦力差も当然かもしれない。手に持ったハンドガンを見る。せめて銃弾があれば……いや、ハンドガン程度で、目の前のロボットの装甲を撃ち抜けるとは思えない。弾があったとしても――どちらにしても一緒か。
これ……どうすれば?
道は一本道だ。他に道はない。何とか、あのロボットを躱してエレベータールームに入らないと駄目だ。
はぁ。
大きなため息が出る。
『早くエレベータールームに向かうのです』
端末は無慈悲にもこちらを急かしてくる。急かすのは良いが、アレを何とかする方法を教えて欲しいものだ。
熱に音に動きを検知して、か。今、自分が持っているのはハンドガンだけだ。例えば、これを投げて注意を逸らし、その間に抜けるなんてことを考えていたが、それも無理そうだ。
『名前の由来は見張りと相棒から来ている』
要らない情報が増えた。
『早くエレベータールームに向かうのです』
端末さんは先ほどの名前由来の紹介は何だったのかという勢いで先に進むことを催促してくる。
……狼化を使うか? その力を使えば、ここを抜けることも、あのロボットを壊すことも出来そうだ。だが、上手く発動できるかどうかが分からない。死にかければ発動する? かもしれない。だが、発動しなかったら? そのまま死んでしまう。あまり一か八かな賭けはしたくない。
だが……。
ん?
突然、ロボットの動きが止まった。何が起きた? 分からない。だが、これはチャンスだ。
動く。
走る。
全力で走る。
動きを止めたロボットの横を抜ける。
真っ赤に明滅するトンネルを走り抜ける。
そしてエレベータールームに辿り着く。
辿り着けた。
運が良かった。良かったのか? アレは、まるでこちらを進ませるためにわざと動きを止めたかのような……考えすぎだろうか。
『装備を整えなさい。整えるのです』
端末の声はそんなことを言っている。何とか危機を乗り越えたのだから、もう少し労って欲しいものだ。それに整えると言っても何が、どう……ん?
端末の声に反応したかのようにロッカーが開いていく。どういうことだ? まさか、この端末がやったのか?
並んでいたロッカーの全てが開いた。
中を確認する。
トンファーのような警棒が一つ、ポケットのついた防弾仕様のベストが一つ、ボクサーが身につけているようなヘッドギアが一つ、タオルが五つ、水の入ったペットボトルが三本、栄養が豊富そうなスティックタイプのお菓子が十個、ハンガーにかかったプロテクトアーマーの上下が一セット、二種類の弾薬が一箱ずつだ。
このロッカーが特殊だったのか保管されていたものの状態は悪くない。
まずは水入りのペットボトルを一本丸ごと使って、体にこびりついた血を洗い流しタオルで拭き取る。
スティックタイプのお菓子をかじり、水を飲む。
ふぅ。
次にプロテクターつきのアーマー上下を手に取る。少年のような自分の体型だと少し大きいが紐を強く縛り何とか身につける。その上から防弾ベストを身につけ、ポケットに弾薬、ペットボトル、お菓子を突っ込む。ポケットはパンパンになったが持ち運びは出来そうだ。
ベストにしまった弾薬箱を取り出す。箱の中には二十発の弾薬が入っていた。この弾は手持ちのハンドガンに使えそうだ。マガジンに装填する。一、二、三、十五……十五発の弾が装填された。予備は五発か。これをベストのポケットにしまう。弾丸を生でポケットにしまうのは少し怖いがベストの下にアーマーがあるので、多分、大丈夫だろう。
もう一つの弾薬箱に入っていた弾はハンドガンの弾よりも口径が大きかった。こちらも一応、持っていくことにする。弾があるのだから、何処かで使える銃が手に入るかもしれない。
ヘッドギアは身につけないことにした。視界が悪くなり音が聞こえにくくなるからだ。
……。
左手にトンファーのような警棒を持ち、右手でハンドガンを持つ。これで何とか戦えそうだ。
にしても、この装備はどういうことだろうか。装備は一セット、一人分しか入っていなかった。これは、この施設の警備員のための装備だと思う。だが、一セット? 一人で守っていた? 普通は交代を考えて最低でも二人じゃあないだろうか。それに、だ。ロッカーの数に対して入っていたものが少なすぎる。
どういうことだ?
人を必要としていなかった?
あまりこの施設に関わる人を増やしたくなかったのだろうか。
……分からない。