109 遺跡探索14――『ふふん。私に感謝しなさい』
生身が相手なら俺の攻撃は通じる。攻撃が通るなら倒すことが出来る。
それだけだ。
『さっきからそれだけって、私が用意した行動予測すら無視して!』
『それだけは、それだけだ』
セラフは人工知能らしくなく怒ったような声を頭の中に響かせている。
『何なの! こんなに簡単に倒すとか!』
俺は大猿を一撃で倒した。だが、決して楽勝だった訳ではない。一瞬でもタイミングを間違えていたら、死んでいたのは俺だ。
もし、この大猿が機械どもと同じように攻撃が弾かれる相手だったなら、鎧のような防具を着込んでいたら、その場合も死んでいたのは俺だ。
生身のままで挑んでくれたのは幸運だった。
それにしても、何故、この大猿は戦車に乗り込まなかったのだろうか。この大猿が扱うために用意されたものなのだろう?
改めて引き裂いた大猿を見る。3メートル近いこの大猿の大きさでは乗り込むことが出来なかったのだろうか。戦車に乗り込めたとしても窮屈なことになるだろう。だから、乗り込まなかったのだろうか?
『ふふん。私に感謝しなさい』
俺の思考に反応したのかセラフの得意気な声が響く。
『なるほどな』
どうやらセラフが何かをやったようだ。こういうところはしっかりとアピールしてくるのだから抜け目ないというか何というか。
『ああ、助かってるよ』
『ふふん。分かればよろしい』
利害関係が一致した時だけは頼もしい限りだ。
大猿は倒した。
だが、これで終わりではない。まだ終わっていない。
『で、残りはどうするつもりだ?』
『ふふん。決まっているでしょ』
セラフも俺と同じ考えのようだ。
動きを止めていた人型のロボットたちが俺を見る――こちらを狙い、動き出す。
猶予は殆ど無い。
『まったく、大猿を倒したのだから大人しく動きを止めて欲しいところだ』
グラスホッパー号は横転している。その影に無傷で隠れている教授は戦力として数えられないだろう。吹き飛ばされた単車から手を伸ばしているターケスも同じだ。ただ、こちらは囮か弾よけくらいにはなるかもしれない。
俺は走る。
その途中、俺の右目に映像が映し出される。
映し出されたのはバラバラになり、火花を飛ばしているセラフの人形だ。切断面が明らかに人のそれではない。中の機械構造が剥き出しになっている。これをターケスや教授に見られるのは不味いかもしれない。
『躱しなさい』
セラフの声が頭の中に響く。次の瞬間、横転していたグラスホッパー号から炎が放物線を描くように放たれバラバラになっていたセラフの人形に着弾した。
まだグラスホッパー号に火炎放射器を動かすだけのパンドラが残っていたのか。……感心している場合ではない。
セラフがやろうとしていること。
それは――炎に包まれたセラフの人形が爆発する。その爆風に隠れ走る。
『良かったのか』
『ふん。ウォーミと言ったかしら。そこのオフィスを支配したら、そこで適当な人形を手に入れるから』
『ああ、そうしてくれ』
人型ロボットたちはセラフの人形の爆発を自分たちへの攻撃と判断したのか、そちらに狙いを定め攻撃を始める。良い囮になってくれたようだ。
走る。
俺は走る。
駆け抜ける俺の後ろで大きな爆発が起こる。それでも走る。
円形の台座へ、そこに置かれている戦車を目指し走る。
そう、俺の狙いは――俺たちの狙いは戦車だ。燃料を豊富に蓄え、破壊するための武器、主砲を備えた兵器。これを奪取出来れば戦況を変えれるはずだ。
人型ロボットたちがこちらの動きに気付いたのか、振り返り、俺へと狙いを定める。だが、遅い。もう遅い。
戦車に辿り着く。俺は戦車の無限軌道の上にあるフェンダー部分に手をかけ、砲塔へと飛び上がる。そして、そこに取り付けられたハッチに手をかける。
だが、開かない。
ロックがかかっている。
改めて砲塔に取り付けられたハッチを見る。大猿が入れるようなサイズではない。もしかして、このハッチは飾りなのか。いや、違うはずだ。
人型ロボットたちが分銅のようになった腕をこちらへ向け、一斉にミサイルを発射する。
『セラフ』
『ふふん。突破したから』
セラフの言葉と同時に俺は動く。もう一度、ハッチに手をかける。先ほどまではどうやっても開かなかったハッチが簡単に開く。
滑り込むようにハッチから戦車の中へ体を潜り込ませる。
外で大きな爆発が次々と起こる。だが、それら全てを見えない壁が阻んでいる。ミサイルによる攻撃を防いでくれている。まだ戦車を動かしていないのだが、その状態でもシールドだけは生きているようだ。
薄暗かった戦車の内部に明りが灯る。そして、空中にパノラマのような画面が浮かび上がる。
モニターにいくつものアルファベットの羅列が浮かび上がり、そして消える。それはデタラメな並びでとても意味があるものとは思えなかった。
『セラフ、これは?』
『書き換えているといえば分かるかしら』
モニター上を覆うように次々と表示されていた意味を成さないアルファベットの羅列が消える。そして三つの文字だけが残った。
R・U・N
――起動
戦車が起動する。