108 遺跡探索13――『ふふん。調整された端末でしょ』
セラフが動揺している間にも大猿が動く。その体が――姿がぶれたかと思った次の瞬間、グラスホッパー号に強い衝撃が走る。グラスホッパー号が大きく揺れている。
目の前に大猿の姿があった。
大猿が大きなかぎ爪をグラスホッパー号に叩きつけている。だが、その一撃を見えない壁が防いでいる。
大きな一撃によってシールドが削られパンドラが減っていく。
いつの間に?
目で追えない速度だと。
『お前程度が!』
セラフが声を響かせ、グラスホッパー号に搭載された機銃が大猿を狙う。だが、機銃が描く弾幕の先に大猿の姿は無い。いつの間に移動したのか、大猿の姿は機銃の射程の先にあった。
目で追えないほどの速度――体がぶれたかと思った次の瞬間には別の場所に移動している。
『こいつは何なんだ』
『ふふん。調整された端末でしょ』
『あれも端末なのか?』
『ご丁寧に生体ユニットで作られているから私でも介入が出来ないとか。せっかく侵入して、ある程度掌握していたのに……それを取り戻されるなんて!』
セラフの声に怒りが込められている。
『セラフ、つまり、こいつがここの大ボスってことだな?』
『はぁ? どうみてもそうでしょ』
機械ではなく、生もので作られた端末。
セラフが言っている『端末』とはマザーノルンの手足のことだと思っていたが、どうも違うようだ。この大猿はマザーノルンの手足だとは思えない。それどころか、どちらかというとマザーノルンに敵対する存在のように思える。
俺は部屋の奥を見る。奥に置かれているのは戦車だ。この大猿が乗り込んで使うためのものらしいが……。
『何故、戦車なんだ?』
『はぁ? 言っている場合? そんなの作った奴の趣味でしょ』
趣味、か。
マザーノルンと――機械たちと敵対するに際して、ここを作った連中は、破壊の象徴として、いかにも兵器という形をした『戦車』というアイコンを選んだのかもしれない。
迫り上がって来た人型のロボットたちがこちらへ向き直る。
『セラフ、あのロボットたちだけでも何とか出来ないか?』
『やってるから! 少しは時間が稼げるはずだから、その間に……』
俺はターケスの方を見る。
倒れた単車の影から手が伸び、ゆっくりと起き上がろうとしている。ターケスは生きているようだ。俺の全力の拳にも耐えた男だ。この程度で死んで貰っては困る。
改めて大猿を見る。
大きなかぎ爪を持った大猿。その爪は一撃で人形を切り裂き、単車を吹き飛ばす。そして、見えない速度で動く生身の体を持った化け物。
こいつをビーストと呼んで良いのか、新人類と呼んだ方が良いのか。
大猿の体がぶれる。次の瞬間には俺たちの――グラスホッパー号の目の前に迫っていた。大猿が大きなかぎ爪を下から上へ、グラスホッパー号を持ち上げるように振り上げる。シールドが吹き飛び、グラスホッパー号が宙を舞う。
あっけない。
だが……ちょうど良い。
「はわわわ」
教授はグラスホッパー号と一緒に吹き飛んでいるようだ。まぁ、無事だろう。
グラスホッパー号が宙を舞いながら機銃を掃射する。俺はその影に隠れるようにグラスホッパー号から飛び出す。
大猿がこちらに飛び込んでいるからか、人型ロボットたちは攻撃出来ずに居る。いや、セラフの足止めが効いているのかもしれない。俺は飛び出した勢いのまま大猿に蹴りかかる。
だが、その場に居たはずの大猿の姿が消えていた。残像だけを残し、俺から距離を取っている。早い。
人型ロボットたちからミサイルが飛んでくる。俺は走り、横向きに転がっているグラスホッパー号を盾にする。
『目で追えないほどの速さか。異常だな』
『そういう強化を施したんでしょ。私が動きを予測して計算するから。表示した予測ルートを見て……』
俺の右目に赤い線が映し出される。これが大猿の予想される動きなのだろう。
『不要だ』
『はぁ!?』
セラフが不満そうな声を響かせる。
『あいつは突進しか出来ない訳じゃないだろう。動きが予想出来ても、途中で軌道を変えられたら対処が出来ない』
『はぁ!? お前に何が出来るつもりなの!』
俺は大きく息を吸い込む。
グラスホッパー号から降りたのはちょうど良い。
俺は爆発の隙を縫って身を乗り出す。そのままゆっくりと歩く。
俺はここだ。
ここに居る。
人型ロボットのミサイル程度では倒せないぞ。お前の力が必要になるぞ。
俺は殺意を込めて大猿を睨む。
大猿の体がぶれる。
俺は目を閉じる。
刹那――俺はただ右腕を突き出す。
確かな感触。
俺の右腕が大猿の体を貫いていた。
そのまま獣へと変貌した右腕で下から上に大猿を切り裂く。
必殺の一撃。
一瞬の攻防、一瞬の一撃によって大猿は絶命した。
『はぁ!? 何をしたの!』
『この大猿が俺へと攻撃するためには、近寄る必要と接触する必要があるだろう?』
『接触って。斬り裂かれるの間違いでしょ!』
セラフの悲鳴のような声が頭の中に響く。人工知能らしくない声だ。
『俺が身をさらけ出したことで、この大猿は俺に狙いを定めた。この大猿は、親切なことに自らが攻撃したかったのか、人型ロボットの動きを止めてくれた。後は簡単だ。攻撃が来ると分かっていれば、タイミングを読むだけだ』
相手より先に――俺へと迫る殺意の流れを読み、気配が俺の体に触れるか触れないかの刹那、貫くように右腕を突き出す。
それだけだ。