107 遺跡探索12――『それは、あの端末が操ることを考えてでしょ』
俺はグラスホッパー号から降りたまま、ゆっくりと扉の前へ歩いて行く。
「おい、何をするつもりだ?」
ターケスが慌てて缶詰の残りをかっ込むように食べ、その空っぽになった缶詰を投げ捨てると俺を追いかけて来た。
『どうすれば良い?』
『ふふん。それらしく手でもかざせば?』
なるほど。
俺はシャッターのような扉に触る。先ほどまで炎で炙られ続けたとは思えないほどひんやりとしている。
次の瞬間、その巨大な扉がゆっくりと持ち上がり、開き始めた。巨大な扉は、長い間、このままだったはずなのに、音を立てず、静かに開いていく。
開かれた扉の先、そこに待っていたのは……。
先ほどまでの延長のような真っ直ぐ奥へ続く通路だった。その先は暗闇に包まれている。俺はライトを点けてこちらへ走ってきたグラスホッパー号に飛び乗る。
「置いてくぞ」
「お、おう」
ターケスが慌てて自分の単車へと戻り、跨がる。
「何をしたんですか!」
食事の間も荷物に埋まっていた教授がこちらに身を乗り出してくる。
『何をしたんだ?』
『ふふん。私が、そこのガラクタを支配しただけだと思ったの? 馬鹿にしているのかしら』
最終的にターケスが壊した人型のロボット。その人型ロボットは何処かからパンドラを供給され動いていた。何処? それはこの先で間違いないだろう。そして、パンドラが供給されている――それはその相手と繋がっているということだ。
そういうことか。
だが、セラフも先ほどの一瞬で完全にこの遺跡を掌握した訳ではないのだろう。完全に掌握出来ていたのならば、あの人型ロボットに攻撃をする必要がなかったはずだ。
『ふふん。馬鹿にしては良く分かってるじゃない。この遺跡は私のような者を想定して別の制御端末を用意しているみたいだから』
『それはどういうことだ?』
セラフのような人工知能がやって来ることを想定して……いや、セラフではなく、ここは機械どもの親玉――マザーノルンの手が伸びることを想定して、か。となると、この遺跡はマザーノルンの関係ではなく、それと敵対しているものということか?
……。
考えてみれば当然だ。マザーノルンが自分で遺跡を作って、そこに何かを眠らせて、それをクロウズに依頼して開封させ、苦労してその何かを取りに来る? そんな自作自演をする理由がない。パンドラを欲しているマザーノルンが、そんな回りくどいことをするだろうか?
グラスホッパー号のライトが通路を照らす。通路には大きな水槽のような円筒が並んでいた。中には何も入っていない。
「これは興味深いですねー」
グラスホッパー号の荷台に埋まった教授がキョロキョロと激しく頭を動かしている。
『セラフ。一つ聞きたい。この教授、人間か?』
『ふふん。言うまでもないでしょ』
暗闇の中、グラスホッパー号とターケスの単車の明りを頼りに進んでいく。
『何かの実験施設だろうか? 俺が眠っていた容器に似ているな』
『ふふん。ちょっとやそっとでは壊れないから、少しは落ち着いたら?』
セラフは俺がまるでこの透明な容器が壊れるのを恐れているかのようなことを言う。
「おい、お前、大丈夫か? 震えてないか?」
ターケスの言葉で気付く。俺の手が……震えている? 俺が?
「大丈夫だ。少し寒気を感じただけだろう」
「ああ。確かにここは妙に冷えるな」
単車に跨がったターケスが両腕を抱え、ぶるりと震える。
暗闇の中を進み続けると、突如、通路全体に明りが灯った。通路――部屋がその姿を現す。
並ぶ巨大な何も入っていない試験管。そして部屋の奥――正面には一際大きな試験管が置かれており、その中には巨大な試験管に相応しい大きさの生き物が詰まっていた。
「うわ、眩し! って、なんだよ、あれは」
ターケスが思わず呟く。
試験管の中に浮かんでいるのは大きな猿だった。この部屋を守っていた人型のロボットよりは小さいがそれでも3メートル近い大きさだろう。そして、異様なのは、その大猿の手が巨大なかぎ爪になっていることだった。まるで金属で作られているかのような光沢を持った鋭い長く伸びたかぎ爪。
『セラフ、これは……』
「おい!」
俺がセラフに問いただす言葉をかき消すように叫ぶ馬鹿がいた。俺はその馬鹿の方を見る。
「なんだ?」
「おい、あれを見ろ! あれは……クルマだよな?」
部屋の終点に置かれた大猿の詰まった試験管。その試験管に隠れるように存在した円形の台座の上に戦車が置かれていた。まるで、この遺跡の攻略を祝うトロフィーのようだ。円形の台座は、ここに来る時に乗ったエレベーターとよく似ている。
『あれが、ここのパンドラか』
『ふふん。そのようね』
『しかし、何故、戦車の形をしている?』
『それは、あの端末が操ることを考えてでしょ』
端末が操る? 端末――目の前の大猿が戦車に乗り込むのか。かぎ爪でどうやって操作するんだ……なんてツッコむのは野暮か。
ターケスが単車を走らせ、戦車の方へと近づく。それに反応したのか試験管に浮かんでいた大猿の目が開く。
『目覚めたぞ』
『ふふん。最初から目覚めていたから。私たちがこの遺跡に入った時点で起きてたでしょ。でも、お馬鹿さん。そこから出られないようにしているから』
目を開けた大猿が中から透明な容器を叩く。ガンガンと何度も何度も激しく叩く。
『ふふん、無駄、無駄。無駄ァ』
セラフの人形がグラスホッパー号から飛び降り、馬鹿にするように大猿の試験管の前に立つ。腰の後ろで手を組み、煽るように中腰で大猿を見る。
「ふふん。ざまぁ」
わざわざ人形にも喋らせている。本当に性格が悪い。こいつがマザーノルンから切られたのも性格の悪さが原因なのではないだろうか。
大猿がかぎ爪の付いた手で試験管を叩き続ける。
『おい、セラフ』
『ふふん。簡単に壊れるようなものなら使われて……』
大猿が試験管の中でかぎ爪を振るう。一瞬、何かの線が走った、と思った次の瞬間には試験管が砕けていた。そのまま大猿が飛ぶ。試験管の近くで大猿を煽っていたセラフの人形が一瞬で細切れになって吹き飛ぶ。
「おい、何が!」
戦車に気を取られていたターケスが異常を感じたのか振り返る。そう、振り返った。そのターケスが単車ごと吹き飛んでいた。一瞬の出来事だった。
何が起きた?
ターケスを単車ごと吹き飛ばしたと思われる大猿が俺を見る。
大猿が大きく両手を広げ、大きな咆哮を放つ。
それにあわせ、床に円形の穴が次々と開き、そこから人型のロボットが迫り上がってくる。先ほど扉を守っていた人型ロボットの同型機だろう。よく似ている。
その数――二十。
『セラフ。お前がフラグを立てるからだぞ』
『なんなの! 私の人形が!』