106 遺跡探索11――『ふふん。面白い例えね』
「おい、牽引してくれよ。あち、あちっ、あちぃ」
ターケスが悪態をつきながら単車を押して戻って来る。俺は肩を竦めて返事の代わりとする。
「それでどうしましょうねー」
荷物の山からひょこっと顔を出した教授は炎に包まれたシャッターのような扉を見つめている。どうしようと言いながら先に進みたいようだ。
「とりあえずは休憩だ」
「ああ、分かった。地上よりはゆっくりだとしても、少しはパンドラが回復するからな」
俺の言葉を聞いたターケスがニヤリと笑う。
俺は助手席にもたれかかり首の後ろで腕を組む。
『遺跡の中でもパンドラは回復するのか』
『当然でしょ。パンドラをなんだと思っているの』
日中しか回復しない謎のエネルギーということから、勝手に太陽光で充電していると思っていたがどうやら違っていたようだ。もしかすると――例えばだが、通信というか、電波のようなものが飛んでいると考えればどうだろうか。それならば、遺跡の中でもわずかずつながら回復するのは分からないでもない。要はアンテナが一本しか立っていない状態ということだろう。
『アンテナ一本って何を言っているの? 馬鹿なの』
『昔は……昔と言えるのか分からないが、通信状況が悪い時のことをアンテナ一本って言ってたのさ』
『ふふん。面白い例えね』
否定はしない、か。本当に通信電波のような形でパンドラは補充されているのかもしれない。
「貰うぜ」
ターケスがグラスホッパー号に積まれた荷物から水の入ったボトルを取りだし、キャップを開ける。その他にも缶詰を取りだし、燃えている火の中に投げ入れた。
「どうするつもりだ?」
「暖めた方が美味しいと思ってだ」
ターケスのよく分からない返答に俺は肩を竦める。
炎の中で缶詰がパチパチと音を立てている。
「おい、お前、腕は大丈夫なのか?」
ターケスはこちらに振り返ることなく、炎に炙られている缶詰を見つめたまま独り言のように呟く。
「俺を心配するとは思わなかったな」
俺の言葉にどう返したら良いのか分からなかったのか、ターケスからの返事は無い。それどころか炎の中から缶詰を取りだそうとして、炎の前でしゃがみ込み、あち、あちっと騒がしく喚いていた。
「おい……」
そんなターケスがゆっくりと立ち上がり、こちらへと振り返る。
「俺は、お前が……あー、あの人のクルマを持っているのに、運転はそこの女に任せてふんぞり返っているだけで何もしない、出来ない、そんな資格を持っていない奴だと思った。思っていたんだよ」
ターケスが照れくさそうに頬を掻く。
こいつは何が言いたい?
「だが、違っていた。俺が間違っていた。どうやって素手であそこまでやれるんだ? お前、機械化してないよな? 生身だろ? 武術か? 気功とかか?」
……。
『ふふん。こいつ、馬鹿なの?』
『馬鹿なんだろうな』
俺は肩を竦める。
「俺が悪かった。俺はお前を認める」
ターケスがゆっくりと右手をこちらへ伸ばす。
『意外だ。ちゃんと謝れる奴だとは思わなかった』
『ふふん。馬鹿なんでしょ』
俺は改めてターケスを見る。若く見える。そう、若いのだろう。単車を持っていて力はある。だが経験が足りていない、か。
だが、それはそれだ。
俺はターケスの方へ右手を伸ばす。
そして、そのまま握り拳を作って、全力で――思いっきりその顔を殴りつけた。
ターケスが面白いように地面を転がる。炎がない方へと転がしたのは俺の慈悲だ。
「いててて、おい!」
ターケスが自身の頬を摩りながらゆっくりと起き上がる。
「これでチャラにしてやるさ」
俺はターケスに手を伸ばす。その俺の手をターケスが握る。そのまま引っ張り上げ、体を起こしてやる。
「もう腕は治ったのかよ。やっぱり気功か?」
「もう一回殴ったら、その口は閉じるのか?」
「聞くくらいいいだろ」
ターケスがニヤリと笑う。俺は奴の手を離し肩を竦める。
周囲に燃えるものが無かったからか、しばらくして炎は消えた。目の前には炎を浴び続けても形が変わらなかったシャッターのような扉が一つ。
さて、これをどうするか、だ。
『セラフ、手はあるのか?』
『ふふん。誰に聞いているのぉ』
どうやら問題ないようだ。
「で、おい、この扉どうする? 俺のパンドラ残量を考えると入り口の時みたいに開けるのは、かなり時間をロスするぞ」
「それは困りましたねー。開けるためのスイッチの類いも見えないようですし、ここで足止めとは! 好奇心が抑えきれなくてはち切れそうですよー」
ターケスと教授は楽しく相談している。俺はそこに割り込む。
「聞きたい。この先にお宝があったとして、その取り分はどうなる?」
そう、これは重要なことだ。
この先には間違いなくパンドラが眠っている。いや、活動しているだろうから眠っているというのはおかしいか。とにかく存在しているのは間違いない。
「普通に考えれば依頼主のものか?」
ターケスが教授の方を見る。その教授は少しだけ困ったような顔で笑っていた。
「欲張りすぎて護衛に殺されたくはないかなー」
「しねえよ。そんなことをしたらクロウズの経歴に傷が付くだろ」
ターケスが意外とまともだ。俺に理不尽な要求を叩きつけてきた男とは思えない。
「僕は知識が欲しいだけですよ。それ以外は不要ということにしておきますね」
「へぇ。そうか。俺は武器が欲しいな。せっかくの遺跡だ。それくらいはあると思っている」
ターケスが欲しいのは武器か。
ターケスと教授が俺の方を見る。俺たちの答えを期待しているのだろう。
「俺が欲しいのはパンドラだ。出来ればクルマが欲しい」
それを聞いたターケスと教授が顔を見合わせ、大笑いを始める。
「おいおい、いくら遺跡でもそんな都合良くパンドラなんてないって」
「ですねー。何処かで遺跡からクルマが見つかったという話を聞いたのでしょうが、そんな遺跡を引き当てるなんて、それこそ奇跡のような確率ですよ」
なるほどな。
「それならパンドラがあった時は遠慮無く貰う」
俺の言葉を聞いたターケスの顔から笑みが消える。
「おい、あるのか? まさかあるのか? 確信するような何かがあったのか? おい!」
俺はターケスの言葉を無視する。
『セラフ、頼む』
『ふふん。面白くなってきた』