105 遺跡探索10――『ふふん。今、気付くとか、やっぱりお馬鹿でしょ』
人型のロボットが火炎放射器の炎に炙られ続け、その炎が発する熱気によって通路が暖められる。
『汗があふれ出しそうだ』
俺は慌ててグラスホッパー号の助手席へ飛び乗り、汗一つない額を血だらけの腕で拭う。
『ふーん? 何を言ってるのかしら』
セラフの言葉にはこちらを馬鹿にするような響きがあった。
『熱いって言ってるんだよ』
火炎放射器から吐き出される炎の中、倒れた人型のロボットが大きな手を持ち上げる。そのまま地面に手をつけ、ゆっくりと体を持ち上げていく。
分かっていたことだが、倒しきることが出来ない。
この火炎放射器の火力では人型ロボットを燃やすことも、その体に使われている金属を溶かすことも出来ない。熱で中の装置がおかしくなる可能性に賭けたいところだが、シールドや弾を生成するパンドラのような謎の装置を作る技術力を考えると、それも難しいかもしれない。
人型ロボットは、グラスホッパー号の体当たりでも、倒れた衝撃でも傷が付いていない。
倒せる気がしない。
俺の認識が甘かったのかもしれない。体勢を崩してしまえば、その自重によって破壊出来るかと思っていたが……。
『セラフ、これ以上は無理だ。撤退を……』
『ふふん、何を言っているのかしら』
俺の言葉を遮るようにセラフの声が頭の中に響く。
『セラフ、お前こそ何を言っている。こいつは炎をものともしていない。今の俺たちで倒すのは無理だろう』
俺の頭の中にセラフの笑い声が響く。
『ふふん。分かって行動したと思っていたのに、私の買いかぶりだったのかしら』
『何を言っている?』
セラフはグラスホッパー号を動かさない。火炎放射器で起き上がろうとしている人型ロボットを攻撃し続けている。
『私が、この私が、意味の無いことを繰り返していると思っているの? そこまで馬鹿だとは思わなかったのだけど』
『何を言っている?』
パンドラを消費し続けて効果が出ていない火炎放射を続ける。なんのために、だ。
『突っ込んだ時は、やると思ったけど勘違いだったとか』
突っ込む?
そう、俺はこの人型ロボットを転倒させるために突っ込んだ。だが、そこまでしても相手の攻撃を止め、少しの時間を稼いだ程度にしか……いや、待てよ。
俺はそこで思い出す。
クロウズ試験の時、地下で人造人間に出会った時、俺は何をした? セラフは何をした?
レイクタウンのオフィスのマスター、オーツーと対峙した時、セラフは何をした?
まさか!
『ふふん。今、気付くとか、やっぱりお馬鹿でしょ』
セラフの笑い声が響き、そして変化が現れた。
『炎で包み込み、たっぷりと熱をためてあげたから。パンドラの供給が絶たれてシールドが消えたらどうなるか見物でしょ』
先ほどまでは炎をものともしていなかった人型ロボットの表面に歪みが生まれている。
『セラフ、お前、俺がこいつと接触した時に不法侵入したのか』
『当然でしょ』
セラフという毒を注入され、エネルギーの供給が絶たれ、シールドが消えた人型ロボットが溶け始めていた。
勝った。
セラフと共同して勝ったというのは非常に微妙な気持ちにさせてくれるが、勝ちは勝ちだ。
と、俺が――俺たちが勝利を確信したその時だった。
「うおおおおおぉぉぉぉ、これで終わりだ!」
グラスホッパー号の背後から大きな叫び声が聞こえ、次の瞬間には、その俺たちの頭上を単車が飛び越えていた。
俺たちを飛び越え、単車が起き上がろうとしていた人型ロボットに突っ込む。熱によって表面が脆くなっていた人型ロボットはその突進に耐えることは出来なかったようだ。
人型ロボットが砕け散る。
ターケスの単車が人型ロボットにトドメを刺していた。
炎と熱の中に飛び込むというのは、パンドラによるシールドがあったとしても捨て身の覚悟が無ければ出来なかったことだろう。そこは認めよう。
だが……。
「俺たちの勝ちだ!」
良いところだけを奪っていったターケスが勝利の雄叫びを上げている。
『とっくに死んだと思っていたが運の良い奴だな』
『なんなの、こいつ、マジなんなの』
動揺しているのかセラフがらしくない言葉を発している。マジとか人工知能が使う言葉としては適切じゃないだろう。
まぁ、俺も色々と言いたいし、ツッコミを入れたくなる。
だが、一応、『俺たち』と言っているようだから、自分一人の力で勝った訳ではないことくらいは分かっているのだろう。
ターケスの乗った単車が炎を乗り越え、そこで止まる。そのままこちらへと振り返り、奴は口を開いた。
「パンドラ切れだ。牽引を頼む」
……。
ターケスの単車のパンドラの残量はゼロのようだ。俺のグラスホッパー号に引っ張って貰いたいようだ。だが、こちらも余裕がある訳ではない。動かすのがやっとで戦闘は無理だろう。その状態でターケスの単車を牽引する?
無理だな。
俺は思わず大きなため息を吐き出す。
……どちらにしても、ここで炎が消えるまで休憩だろう。
遺跡の中、それも地下で火を燃やす。今更だが随分と危険なことをやったものだ。次々と爆発を起こすミサイルを発射するようなロボットが出てきていたのだから、そこを気にするのは……本当に今更か。