102 遺跡探索07――『ふふん。答えると思うの?』
『それでなんて書いてあった?』
『ふふん。答えると思うの?』
『だろうな』
セラフの予想通りの答えに俺は肩を竦める。
にしても、ご大層な扉に守られた未開封の遺跡の中にあったのが、この0と1が書かれたモノリスだけとは……。
「本当に何もないのかよ。アテが外れた」
色々と諦めたような様子のターケスが大きなため息を吐いている。
「ターケス、お前の依頼の内容はどうなっている?」
俺に声をかけられたターケスが驚いた顔をする。俺に声をかけられるとは思ってなかったのかもしれない。
「どうした? 俺には答えたくないのか?」
「いや……そうだなぁ。五日間だ。五日間を区切りとして遺跡を探索する教授を護衛って内容さ。この分だと、この薄暗い部屋で五日間耐えることになるんだろうな」
ターケスがもう一度大きなため息を吐き出していた。
「それはそれはご愁傷様だな」
グラスホッパー号から飛ぶような勢いで降りた教授は鼻息を荒くしてモノリスの周りを駆け回っている。まるで餌が待ちきれなくなった子犬みたいだ。
俺は運転席に座っているセラフの人形を見る。その顔は何かを確認するようにモノリスへ向けられたままだ。このモノリスに書かれた機械語が、お宝なのだとしたら、セラフの一人勝ちか。何が書かれているか分からないがろくでもないことだろう。
『ふふん。そんな訳ないでしょ』
『何に対して言っている?』
『あれに触ってみれば分かるから』
セラフの人形が動き、モノリスを指差す。
モノリスを触れ、か。
『触れと言われて触る訳がないだろう』
何を企んでいるのか分からないが、何が起きるかの説明もなく怪しいものを触る気にはならない。だが、逆を言えば、何が起こるか分かってさえいればセラフの言葉に従って触ってみても良い――そう思うくらいには、今の俺はセラフのことを信用していた。
セラフと俺の間に無言の間が続く。
……。
最初に動いたのはセラフの人形だった。セラフの人形がグラスホッパー号から飛び降り、すたすたとモノリスを目掛けて歩いて行く。
「ちょっと、ちょっと、危ないですよー。まだ調べている途中ですからね」
モノリスの周りを駆け回っていた薄汚れ随分と可愛くない子犬がセラフの人形を止めるように割って入る。だが、セラフの人形の足は止まらない。
セラフの人形が教授を押しのけモノリスの前に立つ。
『何をするつもりだ?』
『ふふん。見ていれば分かるから』
セラフの人形がモノリスに触れる。
次の瞬間、モノリスに書かれていた文字が消え、いくつもの綺麗な縦線が入り、割れて扇状に広がったかと思うとそのまま螺旋を描くように台座の中へと吸い込まれていった。
何だ? 何が起こった?
そして、ガタガタと地面が小さく揺れ始め、周囲の壁が迫り上がって来た。いや、違う、これは、この部屋が下に降りているのか。
「お、おい、何が起きている!」
「これは何をしたんですか」
ターケスと教授が驚きの声を上げている。俺も驚き仲間に加わりたいくらいだ。
『何をした』
『見れば分かるでしょ』
この部屋がエレベータールームで、あのモノリスがスイッチだったということか。
部屋が下に降りるに従い、モノリスの台座から伸びていた配管やケーブルなどが引っ張られ、ぶちぶちと音を立てて引きちぎれていた。千切れた配管からはどろりとした溶けた金属のような液体が流れ出ている。あの配管やケーブルはどうやら後付けのものだったようだ。
『この配管はなんだったんだ?』
『ふふん。ホント、呆れるほど聞いてばかり』
『で?』
『あがいていたんでしょ』
セラフの言葉はそこで止まる。
あがいていた、か。セラフが眠っていた場所。そこでは配管とケーブルは何処に伸びていた? 何に繋がっていた?
この先に待っているのは――嫌な予感しか無いな。
部屋の揺れが止まる。
どうやら目的の階層に到着したようだ。
『ふふん。ここからは防衛装置も作動するだろうから』
『用心しろ、か』
このエレベータールームに入ってきた唯一の入り口がそのままこの階層への入り口になっている。
「ここから先は防衛装置もあるはずだ。用心しろ」
俺はセラフの言葉をターケスに伝える。ターケスがゆっくりと頷く。そのまま突っ込ませても良かったが、ターケスも貴重な戦力だ。気にくわない奴だが、今は目をつぶるべきだろう。
小回りが利くターケスの単車を先頭に通路へと出る。ここも地上部分と同じようにクルマが通っても問題ないくらいの広さが取られていた。
いや、クルマで通ることが前提の広さなのか。
「は! おいでなすったか!」
ターケスが大声で叫ぶ。
現れたのはマシーンの集団だ。逆関節の手足がくっついた四角い箱の姿をしたマシーンたち。手には銃のようなものが握られている。
ターケスめ、大声で叫べば敵を呼び寄せるだけだろうに不注意な――いや、違うのか。ここは一本道だ。敵を避けることは難しいだろう。だから、わざと大声を出して、自分を狙わせるようにしたのか。本当にターケスがそこまで考えて行動したのか分からない。だが、結果として、敵の攻撃はターケスに集中している。
飛び交うレーザーのような銃弾。それをターケスが単車を走らせ回避する。
ターケスは螺旋のように壁から天井へと単車を走らせ、逆さになりながら手に持った銃で四角い箱を撃ち抜いていく。
単車だから出来る機動力だ。
こちらも機銃を掃射しターケスに注意が向いているマシーンたちを撃ち抜いていく。
「はわわ。貴重なサンプルがー」
教授の声は無視しよう。