001 ガム
森の中に一人の少年が立っていた。その少年の手には、子どもが持つには相応しくない懐古趣味な狙撃銃が握られていた。
少年が狙撃銃を構え、引き金を引く。スコープも取り付けられていない古典的な狙撃銃から放たれた弾丸が、まるで最初からそのために隙間が用意されていたかのように木と木の間を抜け――飛ぶ。そして対象に当たり、その頭を炸裂させた。
少年が狙撃銃に取り付けられたレバーを動かし次弾を装填する。その動きは精密機械のように素早く狂いが無い。
次々と放たれる銃弾。
森を抜けた先は阿鼻叫喚を極めていた。
「何が……あぅ」
周囲を見回していた良く分からない管が伸びたゴーグルを身につけた男の頭がぱぁんと弾ける。
「兄貴! 何処かからの狙げ……あぅ」
もう一人のゴーグル男の頭がスイカ割りのスイカよろしく真っ赤な実をまき散らせて砕けた。
その集団は全員が似たような姿をしていた。薄汚れた四角い板を貼り付けただけの防護服を身につけ、背中には管の伸びた鞄を、そしてその管はスノーボードで使うようなゴーグルへと挿入されている。
「兄貴! あぅ」
また一人、ゴーグル野郎の無防備になっている頭が炸裂する。
その集団の中で一人だけ――一人と呼べるのかどうか、異質な存在があった。周囲のゴーグルたちから兄貴と呼ばれている男。ゴーグルたちと同じように薄汚れた防護服を身につけている。だが、その頭はカバだった。カバのかぶり物をかぶっている訳じゃない。人の体にカバの頭が取り付けられている。
そのカバが片方の目を楽しそうに歪ませる。
「俺らアクシードに逆らう馬鹿が、そ……」
だが、次の瞬間にはそのカバの頭が何か強い力で叩かれたように揺れていた。
「あ!?」
カバは、そのカバ頭へと手をやり、額にめり込んだ『それ』を取り出す。それは強い力で叩きつけられ形を変えた銃弾だった。
「あ? こんな玩具みたいな小型の弾丸だと!? それがこの威力だと! どうやって威力をだしてやがる!」
「兄貴、不味い、ここは不味い!」
「まさかよぉ、一番威力が出るように角度を調整したのか、角度をよぉ! この電子機器が使えない霧の中でだとぉ!」
「兄貴、不味い!」
「うるせぇ」
カバ頭がまとわりついてきたゴーグル野郎を殴って吹き飛ばし、動く。
「おい、クルマに乗り込むぞ。クルマなら、こんな玩具みたいな口径の弾が効くかよ! あのクロウズどもから奪ったクルマは使えるようになってるよなぁ!」
「あい! マスター権限は兄貴に書き換え終わってます。パンドラの充填も完了。問題なしです」
カバたちが四輪駆動のクルマに乗り込む。だが、カバたちは気付かなかった。カバたちがクルマに乗り込むのを待っていたかのように、いつの間にか銃弾が飛んでこなくなっていたことを。
「クルマがありゃあよぉ!」
カバ頭が座席に座りパンドラを動かす。
そのクルマは悪路を走ることが想定された小型の軍用車だった。すぐに乗り込めるようにドアが取り外された運転席、そしてフレームのみの後部座席には、その半分を占めるサイズの機銃が取り付けられている。
ゴーグル野郎の一人が機銃に取り付く。
「兄貴! 霧で機銃の制御が出来ねぇ!」
「ああ! 馬鹿か! こっちを狙っているクソ野郎の目の前まで突っ込んで弾をばらまきゃあ、狙ってなくても当たるだろうがよぉ!」
カバ頭が叫び、ハンドルを握る。
だが、そのクルマが動き出すよりも速く、森の中から少年が姿を現した。
「あ? 餓鬼だと! もしかして、あのクロウズどもの仇討ちか!」
少年が骨董品な狙撃銃を構える。
そして、次の瞬間には狙撃銃から銃弾が放たれていた。早い。だが、その銃弾はクルマに当たることなく、何かの壁に当たったかのように弾けた。
「あ! 馬鹿かよ。パンドラが生み出すシールドにそんな小粒が効くかよ! このままひき殺してやるか、それとも機銃でミンチにしてやるか、ガヒヒヒ!」
姿を現した少年は狙撃銃を投げ捨て、クルマの方へと拳を突き出す。
「あ、拳でクルマと戦うのかよ」
少年がその拳を開き、四本の指を立てる。そのままゆっくりとその指を折っていく。
「あ? 自分が死ぬまでのカウントダウンか? セルフサービスか、ガヒヒヒ」
少年が四本の指を折り終わり、元の握り拳に戻る。
その瞬間だった。
空が煌めく。空を、雲を、切り裂き、光の柱が降り注ぐ。
――光の柱がクルマを包み込む。一瞬にしてクルマが凹み燃える。
「あ、が、はっ!」
だが、カバ頭たちは生きていた。それだけクルマのシールドが優れていたのか、クルマに乗り込んでいたカバ頭たちは傷つき血を流しながらも先ほどの衝撃で残骸となったクルマから這い出てくる。
「何だ、今のはよぉ!」
カバ頭が少年を睨み付け叫ぶ。
少年が笑う。
「お前たちはもう終わっている」
少年の言葉を聞いたカバ頭がガヒヒヒと大口を開けて笑う。
「餓鬼が! この! 俺様! アクシード四天王に次ぐ実力者と言われたグラスホッパー様にかなうと思っているのかよぉ!」
光の柱から生き延びたカバ頭やゴーグル男たちが少年を取り囲んでいく。
「グラスホッパー? 知らないな。手配書にも載っていない小者じゃないか」
「あ! 馬鹿、お前、それは、俺様がアクシードの秘密兵器で隠密専門だからに決まってるだろうがよぉ!」
少年は笑っている。
「ちっ、不気味な餓鬼だぜ。だが、俺様はよぉ、餓鬼相手にも油断しねぇ。このままなぶり殺しだ」
カバ頭たちが少年を包囲している輪を狭めていく。
少年は笑う。
「言ったはずだ。お前たちはもう終わっている」
その瞬間だった。少年の上半身が大きく膨れ上がり、その体が黒い体毛に覆われていく。
「お、おい、その姿、狼の……」
「お前たちはもう終わっている」
少年が――少年だったものが鋭い牙を光らせ、大きく伸びた爪を輝かせる。
そして、その場に狼の咆哮が残された。