352 北半球へ
「じゃあまた来ますね♪」
日向子とキメはわざわざ見送りに出向いてくれたアーチ王に挨拶をしている
「今回の一件は日向子殿がおられなかったら国の根幹どころかこの世界の崩壊にも繋がっていたでしょう
感謝という言葉だけでは足りませんよ」
実は日向子達には今回の件で多額の報償金や叙勲も打診されたのだがその全てを辞退させて貰っていた
南半球の勲章やお金を貰っても使い道がないという事もあるが実は例の遺物をちゃっかりバンパイア一族が持ち帰っているだけに気が引けたのだ
人の治める南半球では代が変われば過ぎた力を悪用する人物が台頭してきてもおかしくはないが
バンパイア一族、特に始祖は不滅に近い存在でその技術を悪用する可能性は限りなく低い為に全投棄をせずに譲ったのだ
更に日向子と始祖の密約で研究成果の内民間転用出来る技術は全て解放する事になっている
兵器利用をした場合は勿論バンパイア一族の名において処す事も誓って貰っていた
なので謝礼というか実利は十二分に受けているのだ
「あはは…」
苦笑いするしか出来ない日向子
そしてアーチ王の傍らには今回抜けられない政務の為に来られなかったツヴァイ王の名代としてヒルダ妃が来ていた
「私達は日向子様に何とお礼を述べたら良いのか分かりません…」
ツヴァイ王と引き合わせてくれた事、この世界を破滅から救ってくれた事、日向子とキメは南半球に於いて救世主に等しいのだ
「あはは…そんなに持ち上げられても何も出ませんよ?それよりもツヴァイ王様とお幸せに」
あまり長引いてもお礼が止まらなそうな雰囲気に日向子達は頭を下げて去る事にした
「じゃあまた!」
アーチ王とヒルダ妃が見守る中、日向子達は転移によって姿を消した
無事見送りを済ませたアーチ王は報告の為にスラストアに向かいアイン王と面会をする
「…そうか。彼女達には返し切れぬ恩を受けたな」
「はい」
アイン王の要請でスラストアに来ていたツヴァイ王もアーチ王の報告を聞き、アイン王の呟きに同意したのであった
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北半球に戻った日向子とキメはゴルド領ではなく先ずはラクルが待つバンパイア領に戻っていた
「ただいま、ラクルさん」
〈うむ、良く帰ったな〉
先に戻った始祖達より無事を聞かされていたラクルは日向子達の帰還に驚く事もなく淡々と出迎えた
「むぅ~…そんな感じなら始祖さん達を先に帰さなきゃ良かったかなぁ…」
日向子はもっと熱烈歓迎?を期待していたのにあまりにもあっさり迎えられたのでご立腹だ
だが例え何も知らせず帰還したとしてもラクルの出迎えはそのレベルだっただろう
《あ、主!ラクル殿も本心では飛び上がらんばかりに喜んでますって!》
キメは慌ててフォローに走ったが目は思いっきり泳いでいた
プリプリ怒る日向子の後ろでキメがアイコンタクトを取ろうとラクルにウインクをバシバシしていたのだが
肝心のラクルは
〈キメ殿、目に何か入ったのか?〉
という鈍感力を発揮し、日向子にバレてしまいお仕置きされている
〈日向子、帰ったか〉
お仕置きタイムを中断させたのは識者と共に先に北半球に戻っていた始祖だった
「あ、始祖さん。ただいまー」
《ぐっ…ちょっ⁉死ぬっ‼》
〈…キメ殿の命の灯火が消え失せそうだが大丈夫なのか?〉
「えっ?あっ‼ゴメンゴメン‼」
お仕置きが危うく処刑に移行しそうな状況に気付いた日向子は慌ててキメを解放した
〈丁度良い、持ち帰った遺物の調査がある程度終了したので来て貰えるか?〉
「分かりました」
始祖は床でグッタリしているキメを置いてラクルと日向子を奥にある研究棟に誘った
二重三重に構えられた扉を抜け三人は体育館程の広さの部屋に辿り着くと様々な遺物の周りを識者達が忙しく動き回っている最中だった
〈始祖様!日向子様!〉
日向子達が入って来たのが分かった識者達は次々に頭を下げる
〈挨拶は良い。日向子に今迄の成果を見せに来たのだ〉
始祖は永遠に続きそうな会釈のウェーブを右手を上げる事で止め早速遺物の検証結果を伝える様に求めた
〈はっ!日向子様、キメ様はある程度ご存知だとは思いますがドラール及びアースベイカーより接収された兵器は現在細分化されこの目録に記されております〉
識者は始祖にアイコンタクトを取って了承を得ると分厚いカタログ状にまで膨らんだ兵器目録を日向子達に提示した
「…こうして記載されると数の多さに驚くわね…」
パラパラと目録を捲ってみると1枚1枚にラベリングとナンバリングが打たれ最後のページには890番の打刻がされていた
「それであの機体については何か分かったの?」
日向子の関心は兵器の攻撃力ではなく自律行動を司っていた司令機にある
〈はい、それについてですが我々全力を挙げて調査しておりますが…保護回路が何重にも施されているらしく未だに全容解読にまでは至っておりません…〉
数千年単位を生きその時々の知識を貪って来た識者達ですらあのアースベイカーが産み出した自律司令機には手も足も出ない様だった
「うーん…じゃあ後で私達が別の角度からアプローチしてみるわね」
科学者や技術者達の分解・解読というアプローチ以外にも日向子達には幾つか手段が考えられた
〈お手を煩わせてしまいお恥ずかしい限りです〉
識者は己の力不足を苛む様に言葉を紡いだが聞いていた日向子は即座に否定した
「幾ら知識の塊である識者さん達だって未知の技術には悩むのは当然よ
出来れば両国から手掛かりになる資料をもっと持ち込めれば良かったんだけど…こちらこそゴメンなさい」
日向子が頭を下げると識者達は慌てて普通の姿勢に戻る様に訴えた
〈そ、その様な事はお止め下さい‼我々の知識不足であって日向子様方の落ち度はありません‼〉
《主、主がそう頭を下げてしまうと識者殿達の身の置き所がなくなってしまうぞ?》
余りの状況に見るに見かねてキメが日向子に進言した為にその場は何とか収まったがやはり日向子は前世の慣習が抜けていない様だ
「えっ?あ、そう…なの?」
日向子は少し照れながら苦笑いして誤魔化したが本当は何で身の置き所がなくなるかは分かっていない
そんな微妙な空気のまま目録の説明を始める識者達だった




